今にしてみれば奇妙な光景だった。
子供の頃に体験した話である。
通学路の途中にトタンで覆われた建物があった。3mほど上の方に小窓があるのみで正面の扉は施錠され開いてるのを見たことがなかった。
建物の高さから2階建てだろうが人が出入りしているのを見たことがない。
その建物の前を通る時はなぜか怖くて早歩きして通り過ぎていた。
そんなある日、道路に大便が落ちていた。大きさから犬のものだと推測されたがアスファルトに直接落とされていたために不自然な感じだった。
犬ならば草むらにするはずだ。それに大便は結構な高さから落とされたように飛び散っていた。
それも一つや二つではない。結構な範囲に散らばっているのだ。
あまりの臭気に息を止めて小走りにその場をやり過ごした。
翌朝に通る時には大便は綺麗に片付けられていた。
その時はなんとも思わなかったが、学校から帰る時に必ず大便が落ちてるようになっていた。その大便を踏まないように歩くのだがあまりにも酷い臭いに通るのが嫌になっていた。
だが、その大便の主が何なのかわからなかった。なぜならその通学路を散歩コースにしている犬はいなかったからだ。
そもそもあのような大きな大便をするような大型犬を飼っている家も知らないし、大きな犬を見たことがない。
近所に住む友達も聞いたがそんな犬は知らないという。いつの間にか大便が撒き散らされているのだ。
時間的には白昼堂々とだ。
決して通りは多いとは思えないが連日大便があれば不快だし、何よりきちんと片付けている人がいるのだ。翌朝には綺麗さっぱり無くなっているのだ。
大便があることにすっかり慣れてしまった頃に思わぬ形で犯人が判明する。
その一部始終を見ていたのが友達の妹だった。
『あの窓からねー、おじいちゃんがお尻出してウンコしてたの!』
あの窓とは3mほど上にある小窓である。あそこからここに住んでいる爺がケツを突き出して大便をしていたというのだ。
爺が住んでいたのか?
それは初めて知った。人の住んでる気配はなかったし、人が住むような建物には見えなかったからだ。
正面の大きな扉を除けばその小窓しか存在してないからだ。
しかし、ジジイが小窓からケツを出して脱糞していたとは気持ち悪い話だ。
子供達の間では噂になり、クソジジイを見たことがあるという話や糞をしている瞬間を見ると追いかけてくるなど話はどんどん発展していった。
だが、毎日通っている私はそんなジジイなど見たことも無く大便を片付けている人すら見たことがないのだ。
夏休みに入るとその通学路を通る機会が無くなりクソジジイのことを忘れかけていた。
その日は友達と遅くまで遊んでいて帰路を急いでいた。日が傾き建物の影が長く道路に落ちていた。
見るとそこには大便が無い。ホッと安心して自転車を漕ぎ始めると突然目の前にベチャッと何かが落ちてきた。
それは紛れもなく大便だった。
ふと上にある小窓を見るとそこには明らかにジジイと思われるケツがあった。
ブッ!ブブッ!!と音がする度に真っ黒い糞が落ちてくる。
私は思わず『うわっ!』と声を上げるとケツが引っ込んだ。そしてそこからジジイがこっちを覗き見る姿を想像し怖くなって自転車を無我夢中で漕ぎ続けた。
まるでクソジジイが追いかけてくるような気がしてあまりの恐怖に振り向かずに漕いで家の中に飛び込んだ。
台所に立っていた祖母に一部始終を話すと祖母は笑っていた。
なぜならそのクソジジイを見た建物は葬儀社が管理しているただの倉庫で人など住んでいないのだ。
あとから聞いた話だが、問題の小窓は排煙窓でその場所から尻を出すことなど到底不可能だったそうだ。
ではあの時に見たものはなんだったのだろうか?
子供の頃にしか覗き見ることしか出来ない世界があったのだろうか?
その建物は現在は無くなっている。