コンテンツ

9.テトテト散歩~哀愁釜石編

~前回からのあらすじ~

遂に蓬莱島へ到着した。
その直後に全ての記憶を取り戻し女将の名前を思い出したのであった。


 前をテトが歩いている。あの歌を囁きながら。
 あの日も同じように有子さんが前を歩いていた。


有子『嬉しいこともあるだろさ♪悲しいこともあるだろさ♪だけど僕らはくじけない♪泣くのはいやだ笑っちゃお♪』
 か細い声で囁くように歌っていた。

「あの…その歌は?」


有子『ひょっこりひょうたん島の歌よ。あの島の風景は美しいでしょう。落ち込んだ時によくここに来るのよ』
 有子さんは振り向き微笑みを浮かべた。その表情は少し寂しさを思わせた。


有子『私ね、バツイチなんだ。子供もいるのよ。でもね、会えないの…親権を旦那に取られたから』
 有子さんに感じていた寂しさの正体はそれだった。店で客と会話し笑っている有子さんの裏の顔だった。

「あの…どうしてその話を僕に?」

有子『あなたは一人で釜石に来てるのでしょう?家族と離ればなれ…私とは違うだろうけど、なんとなく同じような雰囲気を感じたのよ。きちんと家族と会話してる?』

「いや…」
 はっきり言えば家族とは不仲でまともな会話を何年もしていなかった。

有子『あなたはまだ若いのに随分疲れた顔をしているわ。そういうお客さんも結構来るからすぐにわかったの』
 全て見抜かれていたような気がした。

 繰り返される労働の日々に辟易していたのだ。仕事が終われば部屋に戻り一人で過ごす。
 そして、朝がやってきて同じことを繰り返すのだ。
 何よりも人と深く関わることを避けてきたのだ。
 そういう生活をこれからも繰り返して生きていく事に退屈さと失望感に打ちひしがれていたのだ。

「有子さん…あの!」
 有子さんは一瞬驚いたような顔をすると再び寂しげな笑顔を見せた。私の言葉を待っているようだったが、出てくるはずの言葉が喉元でつかえ出てこなかった。

 ただ気持ちを伝えるだけでいいんだ。

 これからも繰り返される惰性の日々でも有子さんが居てくれたら…そんな想いが溢れてきたがその気持ちをどんな言葉に託したら良いのだろう?
 頭の中、胸の中、腹の中…ありとあらゆる場所から言葉を探すが見つからない。
 どうしたら有子さんの心に響く言葉をかけられるのか。
 あと少し…頭の中で漠然と浮かんでいた言葉が徐々に形になっていく。

有子『私ね、再婚するんだ。お店も頃合いを見て閉めるかもしれない…だから』
 突如として出てきた有子さんの話に口元まで出てきそうだった言葉が一瞬で壊れ形を失った。
 それはドロドロとしたものに変わり喉に嫌らしく絡みついてきた。

「そ、そんな話をするために僕をここに連れて来たんですか!?」
 思わず声を荒らげた。期待していたことと大きく乖離した展開に精神が対応出来なかった。

 これは嫉妬だ。

 醜くて愚かな黒い気持ちだ。油を飲み干したような気持ち悪さが喉を通り過ぎて胸を締めつけた。

8.テトテト散歩~哀愁釜石編

~前回からのあらすじ~

蓬莱島へ向かう途中に過去の思い出に浸る私。
その記憶の中で蘇った居酒屋の女将との関係。
その全容を思い出すために島へ近付いていた。


『おい』

 テトの声に我に返る。
 ほんの僅かな間だったが遠い過去の記憶が鮮明に蘇っていたのだ。

 ただ、女将の顔だけは思い出せなかった。

「昔のことを思い出していたよ」

テト『頼むからきちんと前を見て運転してほしいな。頼むぞ本当に!』

 市街地を抜け出し山間部へ差し掛かる。確かにここは通った覚えがある。

「この道はいつか来た道だね」
 私がそう呟くとテトは私の顔を覗き込む。

テト『この旅は君のルーツを辿る旅だ。君が今まで生きてきて忘れてきたものを取り戻すんだお』

「忘れてきたもの?」

テト『ああ、人って大切なことから忘れていくんだお。それはとても残念なようだけど便利なものなんだ』

「どういうことだい?」

テト『大切にしていればいるほど記憶の奥底にしまってしまうんだ。その代わりふとした事でいつでも引き出しから出せるんだ。無くさないように。それは時に重荷にならないようにでもあるんだ』

 そうだ。
 大切な想いであれば忘却の彼方へと追いやられるのだ。
 どんな大切なものでもずっと抱え込んでいたら重荷になってしまう。新しいことを受け入れなくなってしまう。
 そうしたら人は前に進めなくなるのだ。

テト『君が完全に記憶から失われたと思っていたものはきっとそこに行けば必ずあるお!』

 蓬莱島へ近付けば近付くほど記憶が徐々に鮮明になっていく。もう少しだ!


テト『あった!あれだお!?』
 テトが指差した先に蓬莱島が見えた。その姿を見た時…落ちそうで落ちなかった雫が落ちて鏡のように張り詰めた静かな水面を叩くような音が聞こえた気がした。
 それと同時に波紋のように記憶の波が広がり胸の中一杯に広がった。

 港に車を駐車場し、蓬莱島へと続く岸壁に降り立った。

テト『今から遠い昔にここに来たんだろ?誰かと…』


「ああ…来たよ」
 私は笑っていたかもしれない、それとも泣いていたかもしれない。とにかく今の自分がどんな顔をしているかわからないぐらいに心が打ち震えた。


テト『行こう!あの島へ!』
 テトが意気揚々と歩き出す。このシチュエーションはあの頃と同じだった。


テト『左右で波が違うんだな!面白いな!』
 そう、この景色に感動したんだよ。そして、あの人はこう言ったんだ。


『諦めちゃダメよ。もっと自分から行動していろんな所に行かなきゃ』


「女将さん…いや…」
 何度も胸の中の壁を叩いていた。それが不意に扉が開いて飛び出した。
 その言葉はとても愛おしいと思った。その言葉を呟いただけで幸せな気持ちになれたんだ。

「そうだね…有子さん」
 それは女将の名前だった。

7.テトテト散歩~哀愁釜石編

~前回からのあらすじ~

 思い出の地に向かって走る私の頭の中に居酒屋の女将との思い出が蘇りつつあった。


 女将のことを気にかけるようになってからは店に通うのが楽しみになっていた。
 だが困ったことに女将が他の客と楽しそうに話しているのを見ると胸が苦しくなった。

 これは嫉妬なのだろうと理解はしていた。わかってはいても自分ではどうすることも出来なかった。
 ただ、女将の顔を見て声を聞くだけで良いと自分に言い聞かせていた。


 これが恋なのだろうか?

 他人との関わりを極力避けてきたのに誰かを想うだけでこんなにも狂おしくなってしまうものなのだろうか?


『今夜も飲み過ぎね。まだ若いんだから酒に溺れちゃ駄目よ』
 女将が不意に空のグラスに水を注いでくれた。
『これで最後よ』
 私は黙って頷くとグラスを傾ける。

 気が付けば周りの客は全て帰り店には私と女将だけになっていた。
 ああ、この時間が永遠に続かないだろうかと切実に願った。
 女将が店の暖簾を片付けている。

『雨が降ってきたわ。今夜送ってあげようか?』
 女将の言葉に嬉しくなり気持ちが昂るのを抑えることに苦労した。あくまで冷静を装っていた。

 今夜こそは女将の事を聞きたいと思っていた。

 女将の車に乗り込み、質問をしようと考えていた。
 次の交差点を曲がったら…。

 次の信号機が赤だったら…。

 何度も決意と挫折を繰り返す。気が付けば家との距離はあと僅かに迫っていた。

 今夜聞かなかったらずっと聞けない気がした。


「女将さん…あの…」

 結局その日は何も聞けなかった。世間話すら交わさず、私は頭を下げて女将の車を見送った。
 そのテールランプの光が見えなくなるまで雨の中佇み続けた。
 やっぱりダメな奴だった…。

 部屋の中で明かりも付けずに天井を見つめていた。時折国道を通る車の明かりが天井を流れていく。
 路面の水を切る音がやけにやかましく感じた。

 ただ疑問だったのは、どうして女将は私によくしてくれるのだろうか?
 特別イケメンでもなくお金持ちでもない。どちらかと言えば人生の落伍者であり、店の隅で誰とも話さず背中を丸めて酒を呑んでいる暗い男なのだ。
 
 それがただの同情だとしたら恋心を抱くなんて勘違いも甚だしいものだ。その夜はただ自分を責め続けた。

続く

テトテト散歩~上品な珈琲ソフト

特に何の予定もない日曜日に無駄に早起きした。

これは習慣としか言わざるを得ない。

「腹減ったな…」

そこで向かったのは椿ラーメンショップ松山千石店の朝ラーメン。

岩海苔ラーメン…750円 ネギ丼…350円

朝からキリッと目が覚めるのだ。

朝6時33分から営業してるのも嬉しい。
実はここのラーショは私の自宅からは相当遠いのだが、旅気分を味わうためでもドライブがてらやってくるのだ。

さて、腹も満たされたしどうしようかなぁ??

ふと思い出したのが宮城でも人気が高い道の駅『上品の郷』だ。そこに向かおう!!

そこに何があるのか?

『珈琲ソフト』である。

他にも見所盛り沢山なのだが、今は単純にそれだけを食べたい!

高規格道路をビュンビュン飛ばし到着した頃には昼だった。


テト『よっ!待っていたぞ!』

どわぁ!テトさん!?どうしてここに!?

テト『実は後ろに乗ってきたんだ。君がコソコソと出かける準備してたからな!』

はぁ…全ての行動は筒抜けだな…で、今回は珈琲ソフトを食べに来たのだが…

テト『お金は君持ちな!』

やっぱす…。

テト『ところでこの道の駅はたくさんの人がいるな?』

うん、ここはすごく人気が高いからね。店の中も魅力ある商品が盛り沢山だよ!早速入ってみよう!


テト『本当だ!なんか美味しそうなのがたくさんだな!お酒もあるぞ!』

道の駅の名前が入った瓶がオシャレだよね。他にもスイーツもあるよ!


テト『花畑牧場とかあるぞ!?ミクも喜ぶな!』

本当だ!なんか企画ものなのかな?テトさんは結構甘いのが好きなのかい?

テト『フランスパンに塗ったりしたら美味しそうじゃないか』

なるほど、そういう手でくるか!なかなかフランスパンが合いそう!


テト『外には足湯があるんだな』

うん、ここは温泉を併設している道の駅なんだ。ここ『ふたごの湯』は三陸でも随一の名湯なんだよ。
鉄泉で貧血や肌荒れに効能があるとか。

テト『そうなのか。君は入っていかないのか?』

うん…実は休日料金は結構高くてね。750円なんだ。(消費増税にて50円値上げした)

テト『貧乏な君にとっては三日分のランチ代か…』

そ、そうだね…三日分というか1週間分だよ。
たまに贅沢で入るくらいかな!


足湯…無料
テト『すごく温くて気持ちいいぞ!』

テトさん足湯好きだよね?鳴子でも入ってたし。

テト『ニーハイ履いてると結構締めつけられるんだお。疲れも溜まるからな』

ほうほう、匂いとかも…

テト『これ!匂いを嗅ぐな!君みたいに下品な匂いはしないけどな!』

私なんか自慢じゃないけど秒速で臭くなるからね。

テト『本当に自慢にもならないじゃないか…』


珈琲ソフト…350円

そして念願の珈琲ソフト!!
私はこれ大好きなんだよね。珈琲の苦味とソフトの甘さがお互いに引き立てあって絶妙な味わいなんだよね。


テト『本当だ!これは美味しいお!』

はは、気に入って貰えたようだね。
道の駅って楽しいでしょ?

テト『うん、駅毎に特色があって面白いな!鯖だしラーメンとかも気になるお!』

そ、それはまた今度かな…お金無いんだ…泣
またいつか来ようね!

テト『うん!』

こうして日曜日を満喫したのだった!

6.テトテト散歩~哀愁釜石編


~前回からのあらすじ~

断片的な記憶を取り戻し遂にその思い出の場所が『蓬莱島』ということを思い出す。
すぐさま向かうが蓬莱島で起きた事とは…!


 車を運転しながら過去の記憶を遡る。そこはいつか通った道。

 朧気だった記憶が徐々に呼び覚まされていく。

 あれは雨の日だった。

 その日の労働を終えて汚れた体のまま飲み屋に行った。
 繰り返される同じような日々。将来の展望も見えず、かと言って目標も無く惰性の暮らしだった。

 泥酔し、雨が降りしきる町に佇んだ。むせ返るような湿り気を帯びた空気が肌にまとわりついていた。
 自分にまとわりつくしがらみから抜け出すために働き自立していこうと決意していたのに、ただひたすら孤独に打ちひしがれていた。

 こんなはずではなかったと頭の中で自問自答を繰り返す。

 ただ怖かった。

 このまま老いていくことが。

 猫背になり、雨が降る町を歩いていると不意に雨が何かに遮られた。
 それは傘だった。後ろを振り向くと先程まで呑んでいた店の女将だった。


女将『風邪ひくよ』

「あの…」
 私は突然のことに驚き、なんと言葉を返していいのか戸惑った。
 女将とは会話らしい言葉を交わしたことは無い。ただ静かに酒を呑みながら物思いにふけっていることが多かったからだ。

 もとい人と会話をするのが苦手だった。

女将『車で送っていきますよ?』
「は、はぁ…」

 私は何かを期待していたわけではないが、女将の車に乗っていた。
 女将と言ってもまだ歳は三十前後だろうか。やや疲れた表情で憂いのある寂しさを感じた。

 車内の中で沈黙の重い空気を感じていた。私が饒舌に喋れればよいのだが、とりわけ話題などあるわけもなく左右に往復するワイパーを見つめていた。
 ようやく言葉を交わしたとしても右や左などの道案内だ。


 結局その日は何も喋らずに別れた。
 その夜、布団の中で情けない自分をどれだけ責めたかわからない。
 自分で自分をダメな奴と烙印を押し続けた。

 人と関わることを避けてきたことはなんと恥なのだろうと。不甲斐なさを感じて、再びその店に行く気が失せていたのだが気が付けば通っていた。

 女将は特に馴れ馴れしくするわけでもなく、女将の方から話しかけてくることもなかった。
 それで何となく気安さを感じていたのだ。

 だが居心地の良さと少なくとも女将の事が気になっていた。初めて他人を気にしていたのだ。

続く

5.テトテト散歩~哀愁釜石編

~前回からのあらすじ~

 かつて賑わっていた釜石大観音仲見世通りの閑散ぶりに絶望する私。
 そこから次の行動を起こそうとするがまたもや記憶が途絶え…。


 廃れていた釜石大観音仲見世通りの駐車場で歌ったひょっこりひょうたん島の主題歌のフレーズ。
 それに対してテトが興味を示した。

テト『その続きの歌詞は?』

「えーと…だ~けど僕らは挫けない♪泣くのは嫌だ♪笑っちゃお進めー♪かな…」

テト『いい歌だな。今の君には相応しい歌じゃないか。道に迷った狸みたいな顔して落ち込んでる場合じゃないだろ?君の…君の大切な何かを探しに来たんだろ?』

「…うん…でも…」
 その大切な何かが思い出せないのだ。
「テトさん、私を思いっきり殴ってくれないか?」
 私の提案にテトは目を細める。
テト『は?正気か?』

「ああ、殴られた衝撃で何か思い出すかもしれない!さぁ!思いっきり!」
テト『じゃ、思いっきりいくぞ!コークスクリュー…』
「あ、いや、やっぱりちょっと手加減して」
テト『ドリルパーンチ!!』

 突然、ふと何かが頭の中を過ぎった。懐かしい声で同じように誰かが励ましてくれたのだ。病的なまでの記憶喪失の鍵が開いた気がした。


 もう時間は残されていない。

「ひょうたん島だよ!やっぱりあそこに行くしかないんだ!」

テト『その場所は?この近くか?』
 テトの言葉に私はハッとした。漠然としか覚えていない。景色は朧気に覚えている。
 しかし、そこに辿り着くまでの経路が失念してるのだ。

「そういえば…自分でそこに行ったんじゃないんだよ…誰かに…誰かに連れていってもらったんだ。なんのために…だっけ?」


 まるで夢の中から目覚めたように思い出しては忘れていく。何故なのかはわからない。


テト『ふ…君が失ってる思い出はとても大切なものなんだな』

「え?」

 テトは少し微笑んだかと思うと空を見上げた。
 すっかり夏は過ぎて秋の空が近付いていた。空が遠く高くなっていく。

テト『大切な思い出ほどなかなか思い出せないんだよ。忘れてるだけで無くしたわけじゃない。きっとその場所に行けば思い出すお』

 とりあえず場所を思い出さなければ意味がない。私は頭を振ったり掻いたりして記憶を探るが全く思い出す気配がない。

テト『地元の人に聞けばわかるだろう?』

「そうだ!早速聞いてみよう!」

 偶然通りかかった人にひょうたん島について尋ねる。


女の子「もしかして…蓬莱島の事かしら?」

「ほうらいじま?」


女の子「ええ、地元の人はみんなひょうたん島って言ってるから本当の名前は馴染みがないの」

「ありがとうございます。蓬莱島か…すぐにナビに入れれば迷う事はないだろう!」

 車に乗り込みナビに入力する。

テト『良かったな。あと少しだぞ!』

続く
 

4.テトテト散歩~哀愁釜石編

 次に向かった場所は駅から車で数分の所にある。

『釜石大観音』

 駐車場に着くと車は1台も停車しておらず閑散としていた。

「今日は休みなのかなぁ?」

 私がキョロキョロと辺りを見回しているとテトが鳥居の方まで歩いて行く。


テト『誰もいないぞ?』

「え?そうなの?」

 この釜石大観音仲見世通りは朧気ながらたくさんの店が連なり多くの人が行き交い賑わっていた覚えがある。
 テトについていき仲見世通りを見ると愕然とした。


 そこはもうだいぶ昔に店を畳みシャッターが下ろされ閑散としていたのだ。

 錆びて汚れてしまっている看板に何か悲しいものを感じた。


テト『本当に賑わっていたのか?商売するには立地的に厳しいだろ?それに何にも無いぞ…』

 テトが言うのももっともな話で大観音像以外何も無いのだ。一度来れば飽きてしまう。
 昔の賑わいからは想像出来ない。それも大震災の問題云々ではなく、それよりも前に廃れていたのだ。

「確か仲見世通りを蘇らせるプロジェクトが発動されたとか話を聞いたことがあるけど…」
 クラウドファンディングで資金を集めてかつての賑わいを取り戻そうとする動きだったけど、この景色を見る限りは成功しているとは言い難い。


テト『見事に失敗しているみたいだな。辛うじて喫茶店が一件だけあるようだけど…これじゃ商売も厳しいお』
 テトはため息をつくと前へと進んでいく。


テト『全く人の気配が無いな…』

 振り向いても誰も来る気配が無い。釜石大観音の受付けだけがあってなんともシュールな感じがした。


テト『釜石大観音を見ていくのか?』

「いや、いいよ。もう陽も傾いて来たし…とても観光気分じゃないや」
 既に太陽は山の方へと傾き始めていた。踵を返し仲見世通りに戻る。焦る気持ちが先行し無意識に早歩きになっていた。
 ここまで来てもまだハッキリと思い出せるものが無いのだ。
 そして確実に時間だけが進み、どうしたものかと途方に暮れていた。

「嬉しいこともあるだろさ♪悲しいこともあるだろさ♪」
 曖昧な記憶を頼りにここまで来たが、完全にそれは膨大な記憶の片隅へと追いやられ思い出せるものでは無くなっていたのだ。

テト『その続きは?』

「え?」


テト『ネルが歌っていたのはそのワンフレーズだけだろ?その続きの歌詞はなんだ?』

 私はふと違和感を覚えた。そこだけがやけに頭に残っている。
 そして歌っていた声も朧気ながら記憶がある。
 これは誰なんだ?

 優しい誰かの声が聞こえたような気がした。


??『諦めるにはまだ若いでしょ』

3.テトテト散歩~哀愁釜石編

~前回からのあらすじ~

ふとしたことから岩手県釜石に足を運んだ『私』と重音テト。到着と同時に感傷に浸る間もなく腹が減って釜石ラーメンを食べていた。


テト『美味しかったな!』
 釜石ラーメンを食べたテトは満足気だ。
 周りを見渡せば街並みはすっかり変わっていた。思い出のあの呑兵衛横丁も見る影もない。
 あまり変わっていないと感じたのはまだ記憶が曖昧だったからだ。

 震災後、私は釜石へは近付かなかった。

 受け入れるのが怖かったのかもしれない。昔見た景色が変貌してしまい、遠くにいつもあった思い出が壊れてしまいそうで…。

 でも釜石は被災しても着実に復興し前に進んでいるのだ。

「釜石ラーメンは有名だからね。どこのお店に行っても美味しい釜石ラーメンが食べられるよ」


テト『さて、これからどうするんだ?』

 テトの言葉に私はやや困惑してしまった。遠い過去の記憶を辿るが忘れてしまった記憶の一部は思い出そうとしても断片的に抜け落ちている部分があるのだ。
 人の脳みそは便利なもので多くの記憶を全て鮮明に覚えておくことは出来ない。
しかし匂いや景色など記憶を引き出すきっかけがあればすぐに思い出せるのだ。

「嬉しいこともあるだろさ…悲しいこともあるだろさ…」

テト『それはネルが歌っていたやつだな?その歌を歌ってた人とは誰なんだ?』

「それが思い出せれば世話ないよ。もうこの街にいるかどうかすらわからないし、手がかりは何も無い。おまけに名前すら覚えてないんだ…」

テト『名前がわかんないのか!?それじゃダメじゃないか…もうなんなんだよ…』

「その辺歩いてれば思い出すかな?とりあえずまた駅の方に戻ってみよう!」

 駅前にいくと以前のようなちんまい建物ではなくなり現代風に改築されていた。


テト『すぐ目の前が鉄工所なんだな』

「うん、そうだね。以前はたくさんの労働者がこの街を闊歩してたんだよ。私がいた頃には高炉は無くなり活気も無くなっていたけどね。飲み屋街も寂れてしまっていたんだ。ラグビーも盛んでね。今はどうなのかな?」


 駅の隣には立派なホテルも建築されてここだけ見れば結構都会的な雰囲気もあった。


「なんにもない街だよ…ん?」

テト『どうした?』

 私はふと思い出した。この街にはあの観光スポットがあったことを。

「賑やかな場所があるよ!釜石と言ったらあの場所さ!」


テト『ふーん。そこに何か思い出があるのか?』

「ずっと昔にね、誰かと行った記憶あるよ。それが誰だったかはイマイチ覚えていないけど…行けば思い出せるかも!」
 それはすごく優しい誰かだった…気がする。

2.テトテト散歩~哀愁釜石編

~前回からのあらすじ~

夏の終わりにふと空を眺めて物思いに耽る『私』
そこに亞北ネルが歌いながら現れたことによって過去の記憶が蘇りつつあった。


テト『なら一緒に行こうか?その懐かしい景色のある場所へ!思い出せば曲作りのやる気も出るだろ?』


「え!テトさんが一緒に来てくれるの!?」

テト『君はそそっかしいし、超絶方向音痴ときたものだ。ボクがついて行った方が安心だろ?』

「それは頼もしい!!そうだね。」

テト『君のルーツも気になるしな』

 私が意気揚々と立ち上がるとテトはネルに目配せをする。


ネル『自宅警備は任せてよー♪その代わりお土産期待してるよー♪なにか美味しいもの頼むよー!』

テト『で、その懐かしい場所とはどこなんだ?』

「岩手県の釜石市だよ」

テト『は?カマイシ?』


 テトはすぐに目を吊り上げた。ともかくもこうしてテトと再び旅をすることになったのだった。

 車を走らせること数時間、無事に釜石に着いたのは昼過ぎだった。
 助手席で眠っていたテトは大きな欠伸をすると周りの景色を見渡す。


テト『遠かったなぁー!ここは港町か…』

 目の前には懐かしくも新しい街並みが広がっていた。


 そう、ここ釜石も東日本大震災による津波で甚大なる被害を受けたのだった。
 港の方はほぼ壊滅状態だったらしい。

「そうそう、釜石はラグビーと鉄の町なんだよ。少し小洒落た街になってるけど…あんまり変わんないな」

 まだ私が若い頃に働いた場所。第二の故郷とも言える場所なのだ。
 鉄の匂いにまみれ、朝から晩まで働いた日々が懐かしい。


テト『それで君の思い出はどこにあるんだ?これは君のルーツを辿る旅だな』

 テトはいたずらっぽく笑うと私の顔を覗き込んだ。なにか期待しているようだが、私は努めて冷静を保っていた。

「そうだね。とりあえずお腹が空いたね!釜石ラーメンでも食べよう!」


 こうしてやってきたのが釜石ラーメンの店だ。

『新華園本店』

 ちょっと有名になって行列が出来てる。

「釜石ラーメンはあっさりスープに細麺が特徴なんだ。港町だから漁師がササッと食べられるようにって細麺になったんだって」

テト『へぇ、確かにこれなら茹で時間短いから早く提供できるな』

「昔この大町に“呑兵衛横丁”ってあってね。かつては栄えた飲み屋街だったんだけど、鉄工所の衰退と共に…」


テト『ん?なんだっへ?』
 テトはラーメンを食べるのに夢中になっていて私の話を全く聞いていなかった…。