2023年秋、私は東北みやぎ復興マラソンのフルマラソンに挑んだ。
42.195キロという果てしない道のりは、私にとって単なる競技以上の意味を帯びていた。それは、交通事故の後遺症という重い足枷を乗り越えるための闘いであり、そして、若くしてこの世を去った親友と共に走りたいという、胸の奥に刻まれた願いだった。
スタートラインに立つ私の心には、二つの強い想いが宿っていた。自分自身の限界を超えること。そして、「生きられなかった親友の分まで生きる」と誓った約束を果たすことだった。
号砲が鳴り響き、レースが始まった。秋の冷たい風が顔を叩き、足元の冷えたアスファルトが現実を突きつけてきた。

最初の数キロは順調に進んだ。沿道に集まった地元の人々の温かい声援が、私の体に力を与えてくれた。「がんばれ!」「東北のために走ってくれ!」その一言一言が、疲れを忘れさせる魔法のように響いた。子供たちの笑顔や、年配の方々の拍手が、東北の復興への願いと重なり合い、私の足取りを軽やかにした。

走りながら、私はこのマラソンが自分だけのものではなく、地域全体の希望を背負ったものだと感じていた。
しかし、試練は突然やってきた。

10キロ地点を過ぎたあたりで、右足に鋭い痛みが走った。交通事故の後遺症が、再び私を襲ったのだ。
膝が軋み、筋肉が悲鳴を上げ、毎歩ごとに体が重くなった。「もう無理かもしれない」。そんな弱音が頭をよぎり、一瞬立ち止まった。周囲を見渡すと、他のランナーたちが懸命に前へ進む姿が目に入った。そして、親友の声が耳の奥で響いた気がした。
─「君ならやれるよ」
私は唇を噛み締め、再び走り出した。痛みを堪えながら、親友の笑顔を思い浮かべて。中盤を過ぎても、試練は続く。30キロを越えたあたりから、体力だけでなく精神までもが削られていった。足は鉛のように重く、呼吸は乱れ、心が折れそうになった。それでも、沿道の声援が私を支えてくれた。「あと少しだよ!」「諦めないで!」その言葉に励まされ、何とか前へ進み続けた。
だが、39キロ地点に差し掛かった時、私の心は完全に限界を迎えた。あと3キロあまり。ゴールはすぐそこなのに、足が動かず、視界が揺れ、意識が遠のきそうだった。

心が折れかかっていた。もう走れないと思った。

挑戦が虚無へと変わる。自分の人生ですら脇役…。

そんな人生で年を取って終わるんだという諦め…。

最初は小さかった気持ちが大きく膨らんで支配されていく…。それは黒いバケモノだ。

体は重く、心が萎えてくるにしたがって速度が落ちていく…。

「もうダメだ…」

そう呟いた瞬間、背中から何か強い力で押されるような感覚…。

そして、目の前に幻が現れた。

石巻プロレスのレスラー、『ネブタ・ザ・ドリラー』
彼は実際には会場にいなかった。
だが、私の疲れ果てた脳裏に、彼の姿がはっきりと浮かんだのだ。派手なコスチュームに身を包み、力強い声で叫ぶその姿。
「立ち上がれ! お前はまだ闘える!」
彼のリングでの闘い、どんな逆境にも立ち向かう不屈の挑戦の精神が、私の心に火を灯した。現実ではないと分かっていても、その幻はあまりにも鮮明で、まるで本当にそこに立っているかのようだった。
私は目を閉じ、彼の声を頭の中で反芻した。
「親友のためにも、お前自身のためにも、最後まで走り抜け」
その言葉が、私の魂を揺さぶった。
「まだだ。まだ終わらせない」

幻のネブタ・ザ・ドリラーに背中を押され、私は再び足を踏み出した。膝の痛みも、息苦しさも、すべてを忘れて走った。
残りの3キロは、永遠にも感じられるほど長く、同時に一瞬のようにも思えた。沿道の声援が遠くに聞こえ、心の中では親友とネブタ選手の幻が私を励まし続けた。

最後の力を振り絞り、ゴールラインを踏み越えた瞬間、全身を涙が包んだ。

完走の喜びと、親友への想い、そして自分自身への誇りが混ざり合い、溢れ出した。東北みやぎ復興マラソン2023は、私にとってただのレースではなかった。
それは、過去の自分を乗り越え、親友と共に未来へ走り出すための旅だった。
沿道の温かい応援、疲れ果てた脳内に現れたネブタ・ザ・ドリラー選手の幻、そして何より、私自身の意志が、この42.195キロをドラマチックな物語に変えた。
ゴールテープを切った時、私は確かに感じた。
親友が、私の隣で笑いながら一緒に走ってくれていたことを。
そして、幻のレスラーが、最後の瞬間まで私の背中を押し続けてくれたことを。
このレースは、私の人生に永遠に刻まれる一ページとなったのだ。
東北みやぎ復興マラソンは物価高などの影響により2024年大会を最後にその歴史に幕を閉じました。
本当にありがとう…。