いつからか孤独を愛するようになった。極度に誰かと関わることを恐れるようになっていた。
必ず離れていくから…。そして、心も離れていくから。
自分はダメだ。細心の注意を払っていても無意識に人を傷付けてしまうことがあって、後から病んで悔いてしまう。その時は大体遅い。
自分が気付かない内に疎遠になっていき、孤独になっている。ひとりぼっちの人生だ。
もう誰かに好意を寄せることもないと思う。心は閉ざされたまま。誰も私のことを知らないし、私も誰かを深く知ろうとはしないだろう。
思えば子供の頃から孤独だった。酒乱の祖父母は毎晩のように酒を飲んでは喧嘩をしている。私は真っ暗な廊下から隣の家の窓を見た。
いわゆる、普通の家族の団欒があった。笑顔で食卓を囲んでいる。
どうして笑ってるんだろう?どうやったら笑えるんだろう?そう、思っていた。
部屋ではまた祖父母の喧嘩が始まった。怒号と悲鳴と物が壊れる音。私にとってはそれが日常だった。耳を塞ぐと自分の心臓の音だけが聞こえていた。
どうして生まれてきてしまったのだろう?
もう消えてなくなってしまおう。台所に行き、包丁を手にする。何も考えずに左手の中指を切った。激痛と共に血が出てきてすぐに包丁を投げ出した。
その傷は今でも残っている。
何枚も絆創膏を貼り自分を刺したことを悔いた。ものすごく痛かったからだ。ガタガタと震えながら布団に潜り込んだ。時折大きな物音が響いて体をビクつかせる。
朝になると静寂が訪れ、布団から起き上がると痣だらけの祖母が床で寝ている。散らばった酒瓶、ひしゃげたテーブル、血が染み込んだカーペット…。何食わぬ顔で外に出て隣の『幸せな子』と遊んだ。優しいお母さんとかっこいいお父さんがいて羨ましかった。
どうしてあの子にはあって自分には無いのだろう?
それは妬みだろうか。それとも運命に対する憎悪だろうか。
冬の夜。酒乱の祖父を恐れて祖母と夜の町を逃げるように走った。祖父の怒号が夜の静寂を破り恐ろしかった。きっと見つかったら祖母は殺されると思った。
展望台の石碑の影に隠れて時間が過ぎるのを待った。階段を上がってくる祖父の足音が怖かった。
あの時。願ったのだ。神に。
『おじいちゃんを殺してください』と。
私は不幸の塊。きっと関わった人を不幸にしてしまう死神なのだ。だから孤独でいいのだ。
一見すると逃げたように思えるが、幸せでいてほしいから自分から離れる決断をしたのだ。
きっとあいつも幸せに暮らしているだろう。そう思いたい。私にとっての幸せはとても小さなものだった。