月: 2021年6月

コードレス掃除機を買ったワシ

人生初!コードレス掃除機を買う!!

今まで気にはなっていたのだが購入を先送りにしていたコードレス掃除機。充電して使うのだが購入を先送りにしていたのはまだ使っている掃除機が現役で動いていたからだ。

掃除機は長寿命の家電の一つだ。下手すりゃ爺さんが買ったものを孫が使っていても不思議ではない。だが物には限界というものがある。壊れもするし最新家電ともなれば電気代が安く済む場合がある。だが掃除機にかかる電気代など知れたもので年間数百円の節約のために買い替えなどしないだろう。

そんな私がコードレス掃除機を買うきっかけになったのは先日、部屋の床を猫の毛が毛玉になってコロコロ転がってるのを見ていた。

さすがに着るものや布団に舞い降りたのではなかなか厄介なので掃除機をかけることにしたのだ。我が家のは20年前に購入したが壊れもせずに現役で稼働している。コードを引き出しスイッチオン!すると全く吸う気配がない。モーターは動いているのに吸わない。すぐにタンクを開けると中に入っている紙パックがパンパンだ。

うむ、これでは吸うわけはない。物置を漁り紙パックを探す。無いな…。これは面倒くさくなってきた。

あっちの部屋、こっちの部屋、タンスの引き出しから冷蔵庫の中まで探したが見つからない…これは…使い切ってしまったのかもしれない。

それではホームセンターに買いに行くしかあるまい。しかし20年前の機種に適合する紙パックなどまだ売ってるのだろうか??

家電コーナーを見ているとコードレス掃除機があった。へぇ、これがコードレス掃除機かとスイッチオンしてみたらこれはなかなかパワフルではないか!しかも軽くて吸ったゴミがタンクの中でクルクル回ってるのが見える。これは…面白いぞ!!

今年初めて一万円以上の買い物をしたのだ。意気揚々と帰宅し早速充電して使ってみる。

ギュオオォォォンと音と共にゴミがみるみるタンクに溜まっていく。2段階のパワー調整ができるが弱でも十分な吸い込みだ。

タンクはあっという間に髪の毛で一杯になった。なんて言うか…阿寒湖のマリモみたいな感じだ。結構大きい毛玉になっている。猫の毛よりも明らかに私の毛の方が多い…。

捨ててまた掃除機をかける。またタンク一杯になり捨てる。また掃除機をかけるとまたタンクが一杯に…そしてまたかけると繰り返したらゴミ箱の中には結構な髪の毛が…。

頭に乗っかってる髪の毛よりも多くないか!?

あまりの量に不安になったが髪型など気にしない年齢に達したので別にどうでもいい。むしろ髪など無い方が人生は豊かになるのだ。無いものねだりが一番の不幸の原因だ。去る者は追わないのが私の主義である。

しかし、コードレス掃除機はめちゃくちゃ面白いぞ!ゴミがみるみる溜まっていくのを見ると達成感が得られる。そして綺麗になった部屋を見て感慨深いものを感じた。

掃除こそが人生を豊かにするメゾットなのだ。楽しい掃除機ライフは始まったばかりだ。

【独り言】あの日に帰りたい

ふと懐かしい人を思い出した。最後に別れて13年になる。あれから身の回りは変化していったが、私だけは何も変わらず以前と同じ暮らしをしている。歳を取った分つまらなくも感じるが…。

あの日に帰りたいと思う瞬間がある。決して懐かしむようないい思い出があるわけでもないが、みんな若くて活発だったあの頃。今よりもずっと自由で好きな場所に何時でも行けた。好奇心もあって、いろんな場所や事柄に興味を持てた。

 

何よりも『未来はきっと良くなる』と思っていた。

嗚呼、現実は辛いものだ。ただ歳を取っただけでこんなにも気持ちが落ち込むのか。歳を取れば悩みなど無くなると思っていたが歳を取ったら取っただけ新たな悩みが出てくる。未来のことなど誰にもわからないのに来るのかどうかわからない老後のことを考えてしまう。

何よりも…自分を取り巻く環境がどんどん変わっていくのに自分だけが時が止まったように変化の無い毎日に辟易している。それを幸せと取るかどうかは別にして…。

あの人は今、どこで何をしているだろう?誰と暮らしてるのだろう?きっと今頃笑っているだろうか?

もう声も届かない場所にいるあの人が幸せに暮らしていると信じつつ孤独に昼飯を平らげて初夏の空を見上げていた。

…あの人の心の中にほんの一片でも私のことを思い出す瞬間はあるのだろうか?

その人と語り合ったのは時間にして30分程度だったと思う。その人のことを知るにはあまりにも短い時間ではあったが私にとって何年も忘れられない時間となったのだ。

初夏のぬるい風が車内を吹き抜けていった。午後も頑張ろう…。

免許持ってても変な人はいる!

自動車免許を取得してても一定数おかしな運転する人はいる。今夜はこんな人に出会った。

やたらに車間距離が開く!!前の車に追従していけないというか流れに乗らない人。とにかく前者との車間距離がどんどん離れていく。速度はやはり遅い…。

それで異変に気付いたのはずっとハイビームだったことだ。おやや?対向車が来てもハイビーム?もちろん対向車はパッシングして眩しいとアピールしているが当該車両はお構い無しでずっとハイビーム。

そういや最近ハイビームをやたらに推奨しているな。ハイビームなんて山道くらいしか使わないし街中だとほとんど操作する必要がないのではないかと思う。

しかし前の車はずっとハイビーム。信号機でていしゃした時だけロービームに戻すが走り始めるとすぐにハイビームに切替える。

これは少しおかしな運転だなぁと感じた次第。相変わらず前者との車間距離が開くしちょっと後続車としてはイライラするな。信号機で停車する時もかなり手前でブレーキを踏んでトラック一台分くらいの車間距離を開ける。そしてノロノロと前に進む。

当然私とその車両の間には結構な距離が開くので合わせて進むと急に止まる。と思いきやまた徐々に走り始めて車間を詰めていく。

イライラしながら待っていると青信号になるや否や急発進するのかと思いきや…ワンテンポ遅れて発進…なんか、運転のリズムが合わない。

そうだ、運転のリズムって大事だよね?なんかどうしてもリズムが合わなくて後続だとイライラすることがある。リズムが合わないとは周囲の車の動きと明らかに違う動きをする車。

そういう車と出会ったら気分転換にコンビニにでも寄ってコーヒー飲みながらリフレッシュするのが一番なようだ。

初夏の一日

気付いたら夏になろうとしている。茹だるような暑さも目前に迫るが我が家はまだコタツが鎮座している。ファンヒーターも出たままだ。

歳を重ねるにつれて時間の感覚が鈍くなってきたような気がする。人生を諦めてからは尚更そう感じる。主役にも何者にもなれない人生なんてつまらないだろうと思うが、この世に生まれてきたものが全てヒーローになれるわけがないし多くの人はモブとしての生涯を送る。

ん?モブとしての生き方?私なんてRPGで言ったら村の入口で「ここは〇〇村じゃ!」なんて台詞を言い続けるNPCでしかないのだよ。でもそんなキャラクターでもいなければゲームとしては成立していないわけで、世の中も多大な影響力を持つインフルエンサー一人よりも多数のモブの力の方が大きいんだよな。

子供の頃は選ばれた勇者で強大な魔王に立ち向かうべく日々レベルアップのために頑張るみたいな気概はあったけど、今はいくら頑張っても所詮モブはモブなんだなって思うことの方が多くなった。

創作とてそれで有名になりたいわけじゃなく、辛い現実から逃れて頭の中でお花畑を咲かせたいだけなんだよ。妄想が形になる世界を舞台にしたのはそういうヒントがあったからなんだけどね。

昔は正義と悪が戦うなんて物語を書いてたけど、とある期間からそのどちらでもない立場で動いていく物語を書くようになった。

なんだろうなぁ、それも歳のせいだろうか。血気盛んな戦闘描写も出来る訳もなく、新しいエピソードにも全く手が付けられない。それでも少しずつ更新していつかは終わらせたいと思う。今の物語が終わったら次の物語が始まる予定もないがね。

現在書いてるデスドアーズはまだほんの一片でしかない。

【日常】久しぶりの日曜日!

1ヶ月ぶりの日曜日休み

日曜日が休みなのは実に1ヶ月ぶりである。先月は交通事故に遭っていろいろゴタゴタがあり…たった二日しか休みが無かった…。もう疲れる…本当に…人並みに週一で休みたい…お金よりも休みが欲しいと思う今日この頃。

そういや最近一日がやたら早く過ぎていく。人生は3万日しかない。その内元気で健康に過ごせるのは半分くらい。そこから睡眠時間を取るとまた半分くらいになるので実質『人間として』生きていけるのは7000日くらいではないだろうか?その中から休日を算出していくと本当に人生とは短いんだなぁと実感してしまう。

とりあえず朝ご飯へ

なにはともあれ腹が減る。すぐに着替えて朝ご飯食べに出る。別に自宅で済ませてもいいのだが個人的に料理が得意では無いのとこのコロナ禍であるなら応援の意味でも外食を多くしようと思っている。だが日曜日というものは車で走るのは怖い。『サンデードライバー』という言葉があるので日曜日は普段運転しない人も運転するようになるわけで、普段なら目にしない運転模様を見ることもあるわけだ。顕著なのがウインカー出したままとか信号待ちでスマホ見てて発進が遅れる人とか…。

向かった先は

利府町『むらさき屋』さんです。ここは昼になると超絶渋滞する人気店なのですが朝はすぐに食べられるという特権があるのです。あっさり節系中華そばって感じかなぁ。結構朝から食べるにはすごく美味しいラーメンだと思います。

朝ラーメン…500円也

 

喉越しが良い細麺とそれに絡む節が効いたスープ。とても美味い…特別な日曜日の朝を演出するには最高の料理だ。

不幸の手紙の処理

そういえば家に不幸の手紙が来ていた。まぁ、住民税の通知なんだけどね…。毎年来るものだから遅かれ早かれ払わねばならんので速やかに払いに行く。とにかく払ってしまえばすっきりするものだ。お金なんて余分なくらいあっても幸せにはなれないのだから…。あとは昼寝を楽しみ午後を満喫。本当に力を抜いて時の流れを感じながら過ごす。

インフルエンサーみたいにいろいろやらなくていい。時には海を眺めながらビールを呑むのもいいかもしれない。若い頃はそんなことなんて思ってなかったけどなぁ。なんでもいいから成功したい、何者かになりたいと血気盛んだったけど早くも挫折したんだよなぁ。結局どんなに頑張っても自分は凡人以下で何にも達成出来やしない。自分の人生の主人公はおろか脇役にすらなれないのだ。そう、ただのモブだ。モブ人生なんだよ。それでもモブとして生きればいいんじゃないの?とも思ったりしてるのは負け組なのだろうか…。

 

こうして私の1ヶ月ぶりの日曜日は終わろうとしている。あとは『明日からまた仕事かぁ』とか思いながら眠るだけだ。

そんな一日の繰り返しなんだよ。私の人生は…。

【事故報告】とりあえず解決した。

先月5月17日にプリウスが突っ込んできて私の車は大破して私自身は『腰椎捻挫』という怪我を負いました。

事故が起きた日は何ともなかったのですが次の日の午後から痛みだし2日後には眠れない程に痛くなった。

これが俗に言われる

ヒーローは遅れてやってくる!

いやいや、事故直後は興奮状態でアドレナリンが出てたり事故の対応だったりで脳みそが痛みの認知まで手が回らないそうです。てかそのまま認知しなくてもいいんじゃないかと思いましたが、結局痛みって脳みそが作ってる幻想なのではないかと思いました。

それで交差点内の事故というわけで過失割合が5:5という理不尽な感じになりました。これはドラレコなどの客観的に見れる材料が無かったのが敗因です。

ドラレコがあれば最初から揉め事は起きなかったのではないかと。

過失割合は結局

過失割合は私が3、相手が7で落ち着きました。何とも納得は出来ないのですが過失を認めなかった相手が譲歩したのとこれ以上長引かせたくないという私の生来の面倒くささがありまして忖度した感じです。

車は20年落ちで資産価値も無いのですが5万円貰って終わりです。あとは私が相手側の保険で腰の治療を進めるに落ち着きました。

腰は腰椎捻挫というもので所謂『ギックリ腰』なのですが予想していたよりも痛い上に長引きそうです。

これの辛い所は『人に痛みが伝わらないこと』です。

骨折とかならレントゲン写真でわかりますし、内出血などしてれば客観的にも痛いのが伝わります。しかし、腰椎捻挫は何にも映らなくて自分だけが痛いので共有出来ないのです。本当なら歩くのもやっとなんですが仕事を休ませてもらえるわけでもなく毎日無理しながら働くわけで…すぐに治るものも治らないわけで…本当に辛いです。

貰うのは好きなんですが事故だけは貰ってはいけません!

今回の事故でわかったことは…

相手に過失が10でも最初から弁護士を立てるべき!

事故直後は過失を認めてても一夜明けると一転します。やはり頭の中で情報が整理されてくると少しでも保身に走るのが人間です。

そして時間、状況関係なく保険屋とのやり取りが非常に大変です。わからないこともありますし、後から上手く立ち回れる方法があったのではないか?と思うこともあり最初から弁護士さんに丸投げした方が安心かもしれません…。

例えどこも痛くなくともとりあえず翌日には病院に行っておきましょう!(場合による)

車の破損状況から見てもどこも痛くない!俺ってスゲー!!は幻想です。一夜明けると猛烈に体が傷んできます。

どこも痛くないと警察は物損で処理してあとから人身に切り替えるのを渋る傾向があるようです。尚且つ物損から人身に切り替えるには加害者と一緒に警察署に行ったり医師から診断書を手に入れたりしなければなりません。診断書は5000円くらいかかる上に医師によってはとても時間がかかるので後から超絶面倒になりますね。

とりあえず痛くなくとも翌日には病院に行き診察を受けた方がいいです。

そういうわけで事故の件はこれで終わりになります。心理的なトラウマとして対向車が来る度に『突っ込んでくるのではないか…?』とビクビクするようになりました。

しかし、あの速度差と僅かにフロントが逃げたおかげで正面衝突を避けることが出来て軽傷で済みました。

アルト…ありがとうございました!!