第9話:混乱の波
仙台の勾当台公園は、七夕まつりの準備で熱を帯びていた。
短冊が揺れる中、亮太の手描きのフェス看板が乱立していた。賛同する人々は公園内で宴を開き、缶ビールなどの空き缶が散乱している。その空き缶を蹴飛ばしながら通勤する人々の姿もあった。
悠斗は泉区の丘陵地で、シェルターのコンクリート枠に遮断材を追加。汗と土にまみれ、資材を見やる。
「データは本物だ。でも、本当に俺が予測している規模の太陽フレアは来るのか…?」
ペンダントを握る手が震える。
父の腕時計、7時5分の針、2011年の津波、父の「家族を守れ」が胸を締め付ける。
テレビで佐藤龍也が連日話題を独占していた。
「救命船は選ばれた者の特権だ。払えない奴は津波に飲まれても仕方ないでしょ?まだ枠はあるし、安いもんですよ。予言だのフェイクだの言ってますがね、災害に備えないのはアホですよ。」
仙台港の船展示に人が殺到してる様子を映す。救助船というよりはただの豪華客船だった。
「まるでタイタニックだな…。佐藤ももし災害が来なかったらどうすんだろうか?でも、彩花の『海が試練』と…?空が燃え、海が試練を?…」
悠斗は考える。シェルターに浄水タンクを追加する。
職場では、亮太のフェスと佐藤龍也の隕石説が過熱していた。仙台駅近くの雑居ビルで、悠斗は気象庁のログをチェックする。4時18分のフレアピークがEMPを裏付ける。拓也が近づく。
「亮太のフェス、暴動寸前だぜ! 佐藤の船、300万に値上がりしてるぜ! 転売ヤーもヤバいぞ!」
「転売?」悠斗が言う。
「水も缶詰もカップ麺も軒並み品薄になってるんだ。カップ麺が1個1000円だってよ。嫌な世の中になっちまったもんだな。一度お前の言うEMPとやらで世界がリセットされちまえばいいんじゃないか?」
拓也は笑う。悠斗は唾を飲み込んだ。
「データに基づく太陽フレアが発生すれば電力は麻痺して通信網も遮断される。電子機器も膨大な電磁波を浴びれば故障の原因にもなる。食料供給のシステムや医療では甚大な被害が起きる可能性があるんだ」
「本当にそういう事が起きる可能性があるならNASAとか動いてるだろ?」笑い声が響く。
悠斗は津波を思い出す。
「地震が起きて津波が街を飲み込むとわかってても人は動かない。正常性バイアスってのが動くんだ。」
転売ヤーがスーパーを買い占め、水1本500円、米10kgで2万円でSNSや闇市で売るのが横行していた。高齢者や主婦が空棚に直面していた。
「米がない!」と仙台駅前のスーパーで叫ぶ。SNSは「#7月5日の黙示録」「#真相の目」「転売ヤー死ね!」でカオス状態となっていた。
昼休み、車で泉区のホームセンターへ。棚は半分空。防水材と残り僅かな食料を掴む。
「辛いカップ麺しかないか…仕方ない…。」
仙台駅前で佐藤龍也の信者達によるデモが過熱していた。「隕石来るぞ!」と群衆が騒ぎ、観光客らは逃げるように駅を飛び出していった。転売ヤーの闇市が摘発とニュースが流れる。
「仙台で買い占めパニック」と報道され、その混乱は波のように日本各地に広がっていった。
美咲の「もう無理」が胸を刺す。せめて美咲だけには信じてもらいたかった。
帰宅すると、美和がリビングで七夕の短冊を整理していた。悠斗の手にホームセンターの袋を見つけ、静かに言う。
「悠斗…本気で信じてるんだね。佐藤や転売ヤーまで…でも、こんな混乱の中でも冷静にならないといけないんじゃないかな…あなたまでも混乱を広げるような事をする必要ないじゃない。」
「準備するしかない。」悠斗が言う。
「EMP、津波、何が来ても…生き残れるようにしなきゃ…」
美和がため息を吐いた。
「信じてるのは分かった。でも、怖いよ、悠斗…もし何も起きなかったらきっと大変な事になるよ。」
小さな声が響く。
悠斗は部屋に戻るとパソコンを開いた。
彩花のフォーラム。「4時18分、空が燃え、海が試練を呼ぶ。」「真相の目」が「EMP、隕石は偽装!人工地震が来る!」と煽る。亮太の投稿。「転売ヤーも爆走! 7月5日、勾当台で黙示録パーティー! #7月5日の黙示録」。コメント欄には「転売死ね!」「ガチ準備奴どこ?w」「亮太のフェス最高!」と並ぶ。
テレビでは佐藤龍也が騒ぐ。
「救命船は特権だ!助かりたい奴は命を買うしかない!自分の命の価値は自分で決めろ!」
仙台港の船展示に人々が殺到していた。スーパーの行列、闇市のケンカが仙台を揺さぶる。悠斗はペンダントを握り、データを見つめる。七夕のざわめきとパニックの中で、シェルターが完成に近づいていた。