第8話『黙示録の商人』

第8話:黙示録の商人

 

仙台の定禅寺通は、七夕まつりの準備で華やいでいた。ケヤキ並木に短冊が揺れ、観光客の笑い声が響く。

悠斗は泉区の丘陵地で、シェルターのコンクリート枠に防水シートを張った。汗と土にまみれ、資材を見る。

「あと少しだ…」

父の形見の腕時計を握る。7時5分で止まった針、2011年の津波、父の「家族を守れ」が胸を締め付ける。彩花のペンダント、「津波の石」が冷たく感じた。

テレビがニュースを流す。「仙台で『7月5日カルト』急増、IT起業家・佐藤龍也の『7月5日の黙示録』がベストセラー」。

佐藤はIT起業で平成の寵児と呼ばれ政界にも進出したことがある。

佐藤が叫ぶ。「7月5日4時18分、日本海に隕石が落ち、巨大津波で日本は壊滅する! 政府はそれを隠蔽している。俺の救命船に乗れ!すでに多くの著名人が予約済みだ。一般の方にも枠はある。一人100万円で命が助かるんですよ。安いもんでしょ?」

傲慢な笑みで巨大隕石を否定する専門家を論破し、高額の救命船を宣伝している。SNSで「#7月5日の黙示録」がトレンド入り。

悠斗はデータを見つめる。「EMPは本物…でも、隕石? 俺の準備、間違ってるのか?津波も想定していた方がいいか」ペンダントを握り、シェルターの設計図に「防水強化」を書き込む。

職場では、亮太のフェスバズり、真相の目の人工地震、、7月5日の狂人のEMPに加わり佐藤の隕石説の話題が独占。仙台駅近くの雑居ビルで、悠斗は気象庁のログをチェック。7月5日4時18分のフレアピークがEMPの脅威を裏付ける。同僚の拓也がスマホを手に笑う。

「佐藤の船、100万からだってよ!お前のシェルターより安心じゃないか?」

「船は無意味だ。」悠斗が言う。

「EMPで仙台が壊滅する。船の電子機器だって無事に済まない。津波や地震などの物理的な被害じゃないんだ。静かに時間をかけて被害が広がっていく」

拓也が吹き出す。

「お前さぁ、少し仕事に疲れてるんじゃないか?鳴子にでも旅行に行って気晴らししてきたらどうだ?」と笑い声が響く。

 

悠斗は震災の津波を思い出す。誰もが予想すらしていなかった2011年3月11日午後14時46分。

全ての日常が壊れ、当たり前だった生活が一変した日。

避難所にいた父が他の人を助けに向かう時に発した言葉。仙台で仕事をしていた美和と連絡が取れず、荒浜の水産加工会社で働いていた母の行方はわからない。その不安に震える悠斗に父は言った。

「家族を守れ!」

 

父の背中を見たのはそれが最後だった。

 

昼休み、車で泉区のホームセンターへ。防水材、食料、浄水器を掴む。店員が「また?」と笑うが、無言で会計を済ませる。仙台駅前で佐藤龍也の支持者が「隕石来るぞ!」とチラシを配っていた。観光客は笑うが、既にスーパーでは水とトイレットペーパーが品薄状態になりつつあった。悠斗は受け取り目を通す。反響があったのか当初100万円だった救助船の乗船権が150万円に値上がりしていた。

隕石襲来のデータなどがそれらしく提示されていたが、悠斗はそれを見て「こんなのデタラメだ」と呟きチラシをゴミ箱に捨てた。

夕方、美咲に連絡する。

「美咲…嘘か本当かはその日になってみなければわからない…でも本当に起きてしまったら取り返しがつかないんだ。一緒にシェルターに」

「待って!もう連絡しないでって言ったでしょ?それに悠斗はあれからずっと仕事とその変わった趣味に没頭してて私のことに構ってくれなかったじゃない!」

「それは…東日本大震災のデータを集めて起きたメカニズムを解明して将来のリスクを減らしたい思いから」

「東日本大震災はもう終わったんだよ。これから私達は未来の話をしなくちゃならないの。もう私は悠斗と未来の話はできると思ってない」と美咲は電話を切る。

美咲との決別が胸を刺す。

 

帰宅すると、姉の美和がリビングで七夕の短冊を整理。悠斗の手にホームセンターの袋を見つけ、美和が静かに言う。

「悠斗…」

「データは本物だ。」悠斗が言う。

「EMP、津波でも準備しておくに越したことはないんだ。」

美和が目を伏せる。

「本気で信じてるんだね…でも、私達は前に進みたいの。」諦めの声が響く。

 

悠斗は部屋に閉じこもる。

彩花のフォーラムに新たな投稿があった。

「4時18分、試練は海から。」「真相の目」が「隕石はEMPの偽装!」と煽る。亮太の投稿。「隕石でも爆走! 7月5日、勾当台でパーティー! #7月5日の黙示録」。コメント欄に「佐藤すげえ!」「ガチ準備奴どこ?w」と並ぶ。

テレビが佐藤を映す。

「俺の救命船に乗れば命は助かる!自分の命に投資できない奴はクソ!」

傲慢な笑みが悠斗を苛つかせた。

 

仙台駅前のデモで観光客がざわついてる場面が流れる。悠斗はペンダントを握り、データを見つめた。

 

「何も起きなきゃそれに越したことはない…でも…」

 

七夕のざわめきとネットの炎上の中で、決意が揺れていた。