第7話: 陰謀の影
仙台の定禅寺通は、七夕まつりの準備で華やいでいた。ケヤキ並木に短冊が揺れ、観光客の笑い声が響く。悠斗は泉区の丘陵地で、シェルターの基礎にコンクリートを流し込んだ。
汗と土にまみれ、資材の山を見やる。
「7月5日4時18分…あと少し。」
父の形見の腕時計を握る。7時5分で止まった針が、7月5日と重なる。2011年の津波、避難所の冷たい床、父の声「家族を守れ」が、胸を締め付ける。彩花のペンダント、「津波の石」の冷たさが、決意を後押しする。
スマホが振動した。恋人の美咲からのメッセージ。「悠斗、ちょっと気になる事があるの。明日、話したい。」昨夜の冷たい文面が、胸をざわつかせる。
亮太の投稿が目に入る。「ガチ準備奴、仙台の伝説! 7月5日4時18分、勾当台で爆走! #7月5日まで爆走」。コメント欄に「狂人すげえ!」「彩花のカルト信者w」と並び、「#7月5日の狂人」がトレンド入り。
新たな投稿が目立つ。匿名アカウント「真相の目」。「政府は7月5日4時18分の人工地震を隠蔽! 仙台を犠牲にする陰謀だ!」亮太がリポストし、「陰謀すげえ! フェスで暴くぜ!」と煽る。コメント欄は「マジかよ!」「デマだろw」と炎上。悠斗の匿名警告(「EMPが起きる。準備を」)が、「真相の目」と混ざり、ネットの騒乱が加速する。
職場では、亮太のフェスバズりと陰謀論が話題を独占。仙台駅近くの雑居ビルで、悠斗は気象庁のログをチェックする。7月5日4時18分のフレアピークが、EMPの脅威を裏付ける。
「ここまでデータの変化はなしか…」
同僚の拓也がスマホを手に笑う。
「亮太のフェス、七夕を食うって! 『7月5日の狂人』ってお前だろ? EMPがどうとか言ってるしな。陰謀論までハマった?」
「陰謀じゃない。」悠斗が顔を上げる。
「データは本物だ。EMPで仙台が…いや、全世界が混乱に陥る!」
「いや、だからさ。これで何も起こらなかったらお前どうすんだよ?」拓也が詰め寄る。
「彩花のババアに『真相の目』まで? 仙台のネタ王だな!」笑い声が響く。
悠斗は拳を握る。父の腕時計を握り、震災の停電がフラッシュバックする。
「これはただのデマじゃないんだ…」
昼休み、悠斗は車で泉区のホームセンターへ。電磁波遮断するための材料、追加の水、簡易トイレをカゴに放り込む。店員が「また災害対策?」と聞くが、悠斗は無言で会計を済ませる。
仙台駅前に戻ると、怪しい男が「7月5日陰謀」のチラシを配っていた。「政府が人工地震を隠してる!」と叫ぶ声が、観光客の笑顔に埋もれる。悠斗はチラシを手に取る。いつも政権批判ばかりしている政党の名と議員の名前が入っていた。気になりつつ捨てた。
夕方、悠斗は美咲と仙台駅前のカフェで会う。いつも待ち合わせに使っているカフェだ。美咲は冷たい目でスマホを見せる。
「悠斗、SNSで『7月5日の狂人』ってバカにされてるのあなたでしょ?彩花の予言に陰謀論まで信じるの?」
「信じてない!」悠斗が声を荒げる。
「データは本物だ。大規模な太陽フレアが起きてEMPで仙台が壊滅する!いや、仙台だけじゃない…全世界が混乱に陥る!」
美咲がため息をつく。
「悠斗、トラウマで暴走してる。震災でお父さんを失ったのは私も辛かった。でも、こんな根も葉もない噂話を広めるのはやめて!私も迷惑してるんだよ?」
「デマなんかじゃない!ここにデータがあるんだよ!」
悠斗は声を荒げるが美咲は冷たい表情のままだった。
「あなたの趣味は否定しないよ。でもそれを周りに押し付けて混乱させるのだけはやめてほしいの」
美咲は落ち着いた口調で話すが苛立ちを覗かせていた。
「美咲!わかってほしい!今は避難するためのシェルターを作ってるんだ!だから君も」
「これ以上は無理!あなたのせいで私も恥かいてるの」立ち上がり、カフェを去る。
「もう連絡してこないで。」
悠斗は凍りつく。父の腕時計を握り、震災の記憶が溢れる。津波の波、父の「守れ」。「…誰も失わない。」美咲の背中が、七夕飾りの喧騒に消えていった。
「美咲…」
帰宅すると、姉の美和がリビングで七夕の短冊を整理していた。復興支援のNPOで、子供たちのイベント準備だ。悠斗の手にホームセンターの袋を見つけ、美和が静かに言う。
「悠斗…また?SNSの『狂人』や陰謀論、どこまで行くの?」
「データは本物だ。」悠斗が袋を置く。
「4時18分、EMPで仙台は壊滅的な被害を受ける。だから今避難用のシェルターを作っている」
美和が目を伏せる。
「悠斗、もう止められないんだね。仙台は復興したのに、父さんの亡魂に縛られて…」諦めの声が響く。
「つまらないデマに振り回されて、周りを混乱させて…復興はまだ終わってないんだよ?」
「ただのデマならそれでいいんだよ!」
悠斗は部屋に閉じこもる。
彩花のフォーラムに新たな投稿。「4時18分、仙台の海が試練を呼ぶ。政府は知っている。」「真相の目」が便乗し、「EMPは人工的な陰謀!」と炎上。悠斗はペンダントを握る。「デマでも、データは本物だ。」
亮太の投稿が更新される。「陰謀も狂人も、7月5日4時18分で爆走! #7月5日まで爆走」。コメント欄に「真相の目ヤバい!」「ガチ準備奴どこ?w」と並ぶ。テレビがニュースを流す。「仙台で『7月5日カルト』騒動、陰謀論も急増」と。
その余波は徐々に日本中へと広がっていた。
悠斗は父の腕時計を握り、仙台の夜を見つめる。七夕のざわめきとネットの炎上の中で、孤独な決意が燃えていた。