第6話: 炎上の火種
仙台の勾当台公園は、七夕まつりの準備で色づいていた。2025年6月末、竹に吊るされた短冊が風に揺れ、観光客の笑い声が響く。悠斗は泉区の丘陵地で、シャベルを手に汗をぬぐった。契約した土地に、シェルターの基礎を掘る。コンクリートの枠が、仙台の夜景を背景に形を成しつつある。
「7月5日4時18分…間に合え。」
父の形見の腕時計を握る。7時5分で止まった針が、7月5日と重なる。2011年の津波で父を失った記憶が、胸を締め付ける。避難所の冷たい床、父の声「家族を守れ」。彩花の「空が燃える」が、トラウマを掻き立てる。ポケットのペンダント、「津波の石」の冷たさが、決意を後押しする。
「家族を守る…」
スマホが振動した。亮太のSNS投稿。「7月5日4時18分まで爆走! 勾当台公園で仙台最後のフェス! #7月5日まで爆走」。動画で、亮太が七夕飾りの下で花火を噴き、群衆が叫ぶ。コメント欄に「こんな予言信じてガチで準備してる奴いたりして(笑)」と並び、悠斗の胸が締め付けられる。
悠斗は匿名で警告を投稿していた。
「7月5日4時18分、太陽フレアでEMPが起きる。準備を。」だが、返信は冷やかしばかり。「彩花のカルト?」「ガチ準備奴キター!w」。亮太がリポストし、「ガチ勢すげえ! フェス来いよ!」と煽る。投稿は一晩でミーム化し、「#7月5日の狂人」として仙台のSNSを席巻。
職場では、亮太のフェスバズりが話題を独占していた。仙台駅近くの雑居ビルで、悠斗はデータ入力の合間に気象庁のログをチェック。7月5日4時18分のフレアピークが、EMPの脅威を裏付ける。同僚の拓也がスマホを手に笑う。
「亮太のフェス、七夕ぶち抜くって! 『7月5日の狂人』って、お前のことだろ?EMPがどうとか言ってたしな」
悠斗が顔を上げる。
「狂人? データは本物だ。EMPで仙台が…」
「EMP!?」拓也が吹き出す。
「彩花のババアにハマりすぎ! SNSでお前、仙台のネタだぞ!」笑い声がオフィスに響く。
悠斗は拳を握る。父の腕時計を握り、震災の停電がフラッシュバックする。
「笑ってる場合じゃない…」
昼休み、悠斗は車で泉区のホームセンターへ。電磁波遮断するためのアルミシート、耐火ボックス、追加の食料をカゴに放り込む。店員が「また来たの?」と笑うが、悠斗は無言で会計。丘陵地のシェルター予定地に戻り、資材を積み上げる。
「…急げ。」
帰宅すると、姞がリビングで七夕イベントの準備をしていた。復興支援のNPOで、子供たちの短冊を飾る会場設営だ。悠斗の手にホームセンターの袋を見つけ、美和が静かに目を細める。
「悠斗…また? SNSで『7月5日の狂人』って噂、あんたのこと?」
「狂人じゃない。」悠斗が袋を置く。
「4時18分、EMPで仙台が壊滅する。データも彩花も…」
美和がため息をつく。「悠斗…もう止められないんだね。仙台は復興したのに、なんで父さんの亡魂に縛られるの?」声は冷静だが、諦めが滲む。「彩花の予言、トラウマで信じちゃったんだ…」
「トラウマじゃない!」悠斗が声を張る。父の腕時計を握り、震災の記憶が溢れる。津波の波、避難所の喧騒、父の「守れ」。「…父さんを救えなかった。美和も知ってるだろ! もう誰も失わない!」
美和が目を伏せる。「復興を邪魔しないで、悠斗…」小さな呟きが、部屋に響く。悠斗は部屋に閉じこもる。彩花のペンダントを握り、「準備するしかない…」
夜、悠斗はシェルターの設計図を更新。泉区の丘陵地に、コンクリートと遮断材の枠を計画。気象庁のログを再確認。7月5日4時18分のピークが、EMPの規模を示す。彩花のフォーラムに新たな投稿。「4時18分、仙台の海が試練を呼ぶ。」震災後の「霊視」噂が炎上。「彩花、津波で狂った詐欺師?」
悠斗はペンダントを握る。「詐欺でも、データは本物だ。」亮太の投稿が目に入る。「ガチ準備奴、仙台の伝説! 7月5日4時18分、勾当台で爆走! #7月5日まで爆走」。コメント欄に「狂人すげえ!」「彩花のカルト信者w」と並ぶ。
テレビがニュースを流す。「仙台で『7月5日カルト』騒動、亮太のフェスが七夕を圧倒」。美和がリモコンを握り、静かに首を振る。悠斗は父の腕時計を握り、決意を固める。
スマホが振動した。恋人の美咲からのメッセージ。「悠斗、SNSでバカにされてるよ。明日、話したい。」冷たい文面に、胸がざわつく。何かおかしい。悠斗はペンダントを握り、仙台の夜を見つめる。七夕のざわめきと亮太のバズりの中で、不穏な空気が漂っていた。