第5話: 彩花の影響
仙台の大崎八幡宮は、七夕の喧騒から離れた静けさに包まれていた。2025年6月末、参道の杉並木が夕暮れの影を落とし、鳥居の先に社殿が佇む。悠斗は彩花との再会を待っていた。
ポケットには、彼女から渡されたペンダント。黒い「津波の石」が、触れるたびに冷たく震える。
父の形見の腕時計を握る。7時5分で止まった針が、7月5日と重なる。2011年の津波で父を失った記憶が、胸を締め付ける。避難所の冷たい床、父の最後の声「家族を守れ」、彩花の「空が燃える」が、トラウマと共鳴する。
彩花が現れた。ぼろぼろのコート、鋭い目。
「悠斗、選ばれし者よ。天の試練が近い。」声は低く、仙台の復興ムードと異質だ。悠斗はペンダントを握り、切り出す。
「4時18分の根拠は? 気象庁のデータと一致する。EMPだろ?」
彩花は社殿を指す。「震災で神が目覚めた。7月5日4時18分、星が落ち、空が燃える。EMP? 科学は天の声を翻訳するだけだ。」彼女はペンダントを手に取る。「この石は津波の意志。持つ者は試練を耐える。」
「津波の意志?」悠斗は眉をひそめる。「詐欺なら時間の無駄だ。データがなきゃ信じない。」
彩花の目が光る。
「データはお前の心を動かした。信じる者は準備する。仙台を救え。」彼女は悠斗の手を握り、ペンダントを押し付ける。「試練は一人で耐えろ。」
悠斗は手を引くが、ペンダントの冷たさが父の「守れ」と響き合う。「…分かった。準備は続ける。」参道を去る背中に、彩花の声が響く。「4時18分、空が燃えるぞ。」
職場では、亮太の「#7月5日まで爆走」が仙台を熱狂させていた。仙台駅近くの雑居ビルで、悠斗はデータ入力の合間にシェルターの設計図をメモする。泉区の土地契約が完了し、コンクリートと電磁波遮断材をリストアップ。同僚の拓也がスマホを手に笑う。
「亮太のフェス、勾当台公園で七夕とガチンコ! 仙台の夏、ぶち上がるぞ!」
「ぶち上がる?」悠斗が吐き捨てる。「EMPで仙台の電力が死んだら、フェスも何もない。」
拓也が目を丸くする。
「またEMP? お前、彩花のカルトにハマりすぎ! 亮太のネタをガチで信じる奴、仙台の笑い者だぞ!」笑い声がオフィスに響く。悠斗は黙り、父の腕時計を握る。震災の停電、父の叫びが、確信を揺るがさない。
昼休み、悠斗は車で泉区のホームセンターへ。耐火シート、長期保存水、簡易発電機をカゴに放り込む。店員が「災害対策?」と聞くが、悠斗は無言で会計。店の外、泉区の丘陵地を見やる。「シェルター、急がないと…」
帰宅すると、姉の美和がリビングで七夕の短冊を準備していた。復興支援のNPOで、子供たちの「復興の願い」を集めるイベントだ。悠斗の手にホームセンターの袋を見つけ、美和が声を荒げる。
「悠斗、また!? 7月5日のバカ騒ぎ、いい加減やめてよ!」
「バカ騒ぎじゃない!」悠斗が袋を置く。
「4時18分、太陽フレアでEMPが…仙台が壊滅する!」
「壊滅!?」美和がヒステリックに叫ぶ。
「彩花の予言に洗脳されたの? 震災のトラウマで頭おかしくなったんだ!」
「トラウマじゃない!電力が死ねば多くの人が犠牲になる!」悠斗が声を張る。父の腕時計を握り、震災の記憶が溢れる。津波の波、避難所の喧騒、父の「家族を守れ」。
「…父さんを救えなかった…。美和も知ってるだろ! もう失わない!」
美和の目が潤む。「悠斗…震災は終わったの。仙台は立ち直った。父さんのこと、いつまで引きずるの?」声が震える。「復興を邪魔しないで…」
「邪魔じゃない!」悠斗は部屋に閉じこもる。ドアの向こうで、美和の泣き声が響く。悠斗は拳を握り、彩花のペンダントを見つめる。
「どうして誰も信じてくれないんだ…」
夜、悠斗は泉区の土地に足を運ぶ。丘陵地の雑木林、仙台の夜景が遠く光る。シャベルで土を掘り、シェルターの基礎を試す。「コンクリート、3ヶ月分の食料…間に合うか。」気象庁のログを再確認。7月5日4時18分のピークが、EMPの脅威を示す。「震災の再来…絶対防ぐ。」
彩花のフォーラムに新たな投稿。「4時18分、試練は近い。仙台の海が目覚める。」震災後の「霊視」噂が、ネットで囁かれる。「彩花、津波で神を見た詐欺師?」。悠斗はペンダントを握る。「詐欺でも、データは本物だ。」
亮太の投稿が目に入る。「7月5日4時18分まで爆走! 勾当台公園で仙台最後のフェス! #7月5日まで爆走」。動画で、亮太が七夕飾りの下で花火を噴く。コメント欄に「こんな予言信じてガチで準備してる奴いたりして(笑)」と書かれ、悠斗の胸が締め付けられる。
テレビがニュースを流す。「仙台で『7月5日カルト』騒動、亮太のフェスが七夕を席巻」。美和がリモコンを握り、ため息をつく。悠斗は父の腕時計を握り、彩花の言葉を反芻する。「4時18分、空が燃える…。」
悠斗の決意は、七夕のざわめきと亮太のバズりの中で、静かに燃えていた。