第4話: 準備の第一歩
仙台の青葉区は、七夕まつりの準備で活気づいていた。2025年6月末、定禅寺通のケヤキ並木に短冊が揺れ、仙台駅前の商店街は観光客で賑わう。
悠斗はマンションの自室で、パソコンの画面を睨んでいた。気象庁の太陽フレアデータ、7月5日4時18分の異常ピーク。
「EMPで仙台の電力が全滅…準備しないと。」
父の形見の腕時計を握る。7時5分で止まった針が、7月5日と重なる。2011年の津波で父を失った避難所の記憶がよみがえる。冷たい床、姉が抱く無力感、父の最後の声「家族を守れ」。彩花の「選ばれし者」が、トラウマと共鳴する。「二度と、あんな目に…」
机には、彩花のペンダント。黒い「津波の石」が鈍く光る。昨日の定禅寺通での対面が、頭を離れない。
「空が燃える。試練を耐えろ。」
詐欺師かもしれない。だが、データのピークと「4時18分」の符合が、悠斗の確信を揺るがさない。
悠斗はメモを開く。
「ファラデーケージ、食料、水、ソーラーパネル…オフグリッドのシェルター。」
ネットで調べたサバイバル用品のリストをチェック。仙台郊外、泉区の丘陵地に安い土地を見つける。
「ここなら…準備できる。」
職場では、亮太の「#7月5日まで爆走」が仙台を席巻していた。仙台駅近くの雑居ビルで、悠斗はデータ入力の合間にサバイバルマニュアルを読み込む。同僚の拓也がスマホを手に笑う。
「亮太の7月5日フェス、勾当台公園でガチやるって! 七夕よりバズるぞ!」
「バズる?」悠斗が顔を上げる。
「EMPが起きたら、仙台の通信も電力も死ぬ。フェスどころじゃない。」
拓也が吹き出す。
「EMP? お前、彩花のババアに洗脳された? 亮太のネタをガチで信じる奴、仙台で初だぞ!」笑い声がオフィスに響く。
悠斗は唇を噛む。父の腕時計を握り、震災の停電がフラッシュバックする。
「笑ってられるのも今だけだ…」
昼休み、悠斗は車で泉区にあるホームセンターへ向かう。広大な店内の棚を急ぎ足で回り、非常食、防水シート、工具をカゴに放り込む。店員が「キャンプ?」と聞くが、悠斗は無言で会計。袋を手に、店の外に広がる泉区の丘陵地を見やる。「ここにシェルターを…」
帰宅すると、姉の美和がリビングで七夕イベントのチラシを整理していた。復興支援のNPOで、子供たちの短冊を集める準備だ。悠斗の手にホームセンターの袋を見つけ、美和が目を細める。
「悠斗、これ何? また7月5日のバカ騒ぎ?」
「バカ騒ぎじゃない。」悠斗が袋を置く。「太陽フレアのデータ、4時18分に異常ピーク。EMPで仙台の電力網が死ぬ。甚大な被害が出る。」
「EMP!?」美和が声を荒げる。
「悠斗、まだ何が起こるのかわからないじゃない。それに備えるなんて…」
「東日本大震災は誰も予想していなかった!」悠斗が叫ぶ。
父の腕時計を握り、震災の記憶が溢れる。津波、避難所の喧騒、父の最後の姿。
「…父さんを救えなかった。美和だって知ってるだろ! もう繰り返さないんだ!」
美和の顔が凍る。
「悠斗…震災は終わったの。仙台は復興した。私たち、前に進まなきゃ。」声が震える。
「父さんのこと、いつまで引きずるの?」
「終わってない!」悠斗は部屋に閉じこもる。ドアの向こうで、美和のすすり泣きが聞こえる。悠斗は拳を握り、彩花のペンダントを見つめる。「準備するしかない…」
夜、悠斗はネットで泉区の土地を契約。シェルターの設計図をメモに書き込む。
「コンクリート、電磁波遮断、食料3ヶ月分…」
サバイバルフォーラムで、EMP対策のファラデーケージの作り方を調べる。彩花のフォーラムに再びアクセス。「4時18分、試練が始まる」
新たな投稿に、仙台の震災後の「霊視」噂が混じる。
「彩花、津波で神の声を聞いた詐欺師?」
「詐欺でもいい。」悠斗は呟く。
「データは本物だ。」気象庁のログを再解析。7月5日4時18分のピークが、EMPの規模を示す。「仙台の電力、通信、全部死ぬ…震災の再来だ。」
亮太の最新投稿が目に入る。
「7月5日4時18分まで爆走! 勾当台公園で仙台最後のフェス! #7月5日まで爆走」
動画で、亮太が七夕飾りの下でシャンパンを振る。コメント欄に「こんな予言信じてガチで準備してる奴いたりして(笑)」と書かれ、悠斗の胸が締め付けられる。
テレビが一連の騒ぎをニュースで流す。「仙台で『7月5日カルト』騒動、若者のフェスに注目」
美和がリモコンを握り、ため息をつく。
悠斗はパソコンを閉じ、父の腕時計を握る。「家族を守る。父さんの分まで。」
悠斗の決意は、七夕のざわめきと亮太のバズりの中で、静かに燃えていた。