第3話『危機感の芽』

第3話: 危機感の芽

仙台の定禅寺通は、七夕まつりの準備で穏やかにざわめいていた。ケヤキ並木が夕暮れの光を浴び、七夕飾りの竹に短冊が揺れる。

2025年6月末、悠斗はベンチに座り、彩花を待っていた。昨夜のフォーラムでのメッセージが、頭を離れない。「7月5日4時18分、空が燃える。天の警告を聞け」。

父の形見の腕時計を握る。7時5分で止まった針が、7月5日と重なる。2011年の津波で父を失った避難所の記憶が、胸の奥でざわめく。「守れ」と叫んだ父の声が、彩花の「選ばれし者」とリンクする。悠斗は首を振る。「詐欺師にハマる気はない…でも、データは本物だ。」

ベンチの向かいに、女が現れた。50代、ぼろぼろのコートに鋭い目。彩花だった。

「貴方が悠斗か。天の啓示を求める者よ。」声は低く、仙台の復興ムードとは異質な重さがある。

「7月5日4時18分の根拠は?」悠斗が切り出す。彩花は微笑み、空を指す。「震災で神の声を聞いた。星が告げる、4時18分に空が燃える。試練を耐えた者だけが生きる。」

「神? 星?」悠斗は鼻で笑う。

「気象庁のデータも4時18分に異常ピークだ。EMP、電力崩壊の可能性。関係あるのか?」

彩花の目が細まる。

「天と科学は同じ真理を示す。お前は選ばれし者だ。準備せよ。」彼女はポケットから小さなペンダントを差し出す。黒い石が鈍く光る。

 

「津波の石。試練の証だ。貴方にこれを託す。石が貴方を導く。」

悠斗は受け取り、立ち上がる。

 

 

「詐欺なら時間の無駄だ。」だが、ペンダントの冷たさと彩花の「4時18分」が、気象庁のデータと重なる。震災の無力感が、危機感を煽る。

「…明日また話す。」悠斗は背を向け、ケヤキ並木を去った。

職場では、亮太の「#7月5日まで爆走」が仙台を席巻していた。仙台駅近くの雑居ビルで、悠斗はデータ入力の合間に太陽フレアの論文を読み込む。「EMPで電力網壊滅」「2025年7月5日、異常フレアの可能性」。専門家の「確率は低い」が、悠斗の危機感を揺さぶる。「低い…でも、震災だって誰も予想しなかった。」

同僚の拓也がスマホを手に笑う。

「亮太の7月5日フェス、勾当台公園でやるって! 仙台の七夕より盛り上がりそうだな!」

「バカ騒ぎだろ。」悠斗が吐き捨てる。「もしEMPが起きたら、仙台の電力全部死ぬぞ。電子機器が使えなくなったら…」

拓也が目を丸くする。「EMP? お前、彩花の予言にハマった? 亮太のネタをマジにすんなよ!」笑い声がオフィスに響く。悠斗は黙り、父の腕時計を握る。避難所の停電、父の「守れ」が、危機感を確信に変えつつある。

仕事を終えた悠斗は仙台のアウトドアショップに寄る。非常食、電池、簡易ソーラーパネルをカゴに入れる。店員が「キャンプ?」と聞くが、悠斗は無言で会計を済ませる。「準備…少しずつだ。」

帰宅すると、姉の美和がリビングで七夕の短冊を整理していた。復興支援のNPOで、子供たちの「未来の願い」を集めるイベントを準備中。悠斗の手にアウトドア用品の袋を見つけ、美和が眉をひそめる。

「何これ?キャンプに行くの?」

美和が訊くと悠斗は首を振る。

「電力網が終われば甚大な被害が出る。その準備だ。」

「悠斗、まさか7月5日のバカ騒ぎにハマったの?」

美和の声が低くなる。

「バカ騒ぎじゃない。」悠斗の声が硬い。

「太陽フレアのデータ、4時18分に異常なんだ。EMPで電力が…」

「EMP?」美和が笑う。

「亮太や彩花のネタでしょ? 震災のトラウマで頭おかしくなったんじゃない?」

「トラウマじゃない!」悠斗が声を荒げる。父の腕時計を握り、震災の記憶がよみがえる。津波の波、避難所の冷たい床。

 

「…震災で父さんを救えなかった。もう繰り返さない。」

美和の目が曇る。

「悠斗、仙台は復興したの。震災は過去よ。私たち、前に進んでる。何の根拠もない噂話に踊らされないでほしいの。」

「過去じゃない。」悠斗は袋を手に部屋に閉じこもる。パソコンを開き、彩花のフォーラムを再確認。「空が燃える」「試練」。詐欺かもしれない。だが、データのピークとペンダントの冷たさが、確信を強める。

夜、悠斗は気象庁のログを解析。7月5日4時18分のフレアピークが、EMPの規模を計算する論文と一致。「電力網、通信、全部死ぬ…仙台もだ。日本だけじゃない…世界が…」

震災の停電がフラッシュバックする。父の「守れ」が、頭を支配する。

彩花のペンダントを手に取る。黒い石が、仙台の海を思わせる。「津波の石…?」震災後の「霊視」を主張する彩花の噂が、ネットにちらつく。詐欺師か、本物か。悠斗の胸が締め付けられる。

亮太の最新投稿が目に入る。「7月5日4時18分まで爆走! 勾当台公園で仙台最後のフェス! #7月5日まで爆走」。動画で、亮太が七夕飾りの下で踊る。コメント欄に「彩花の予言、マジらしい!」と書かれ、悠斗の決意が固まる。

「準備するしかない。」悠斗はメモに書き込む。「ファラデーケージ、食料、水…家族を守る。」父の腕時計を握り、彩花との再会を決意する。

 

仙台の夜は、七夕のざわめきと亮太のバズりで、熱く揺れていた。