第2話『興味の芽』

第2話: 興味の芽

仙台の朝は、七夕の準備でざわめいていた。

 

青葉区のマンションの窓から、定禅寺通のケヤキ並木が見える。悠斗はノートパソコンを開き、気象庁のデータベースを睨む。昨夜の太陽フレアのグラフが、頭から離れなかった。

 

2025年7月5日4時18分、異常なピーク。

「EMP…電力網が全部死ぬってことか?」

父の形見の腕時計を手に取る。7時5分で止まった針が、7月5日と重なる。2011年の津波で父を失った日から、14年。避難所の冷たい床と、父の最後の声「家族を守れ」が、胸の奥でざわめく。悠斗は首を振って記憶を払う。

「ただの偶然だろ…」

スマホが振動した。亮太のSNS通知。「#7月5日まで爆走」が仙台でトレンド入り。昨夜の仙台駅でのパーティー動画が、フォロワー10万超えで拡散中だ。亮太がシャンパンを振り回し、「7月5日4時18分、空が燃えるぜ! 仙台で最後のぶち上げ!」と叫ぶ。コメント欄は「亮太神!」「予言マジ?」で埋まる。

「バカ騒ぎのくせに…」悠斗は呟くが、亮太の投稿に混じる「彩花」の名前が気になる。リンク先のフォーラムを開く。投稿者「彩花」の言葉は、昨夜と同じく不気味だ。

7月5日4時18分、空が燃える。星が落ち、試練が始まる。選ばれし者だけが生き残る。天の警告を聞け。

「星が落ち…?」悠斗の指がスクロールを止める。彩花の他の投稿を漁る。震災後に「神の声を聞いた」と主張し、仙台の小さな神社で活動するらしい。詐欺師か、精神異常か。だが、「4時18分」のピンポイントさが、気象庁のデータと妙にリンクする。

職場は仙台駅近くの雑居ビル。データ入力の単調な仕事中、悠斗は気象庁のログをこっそりチェック。太陽フレアの異常ピークを解析する論文に辿り着く。「2025年にフレアの極大期」「EMPで電力網壊滅の可能性」とあるが、専門家の注釈は冷淡だ。「確率は低く、警戒不要」。悠斗の胸がざわつく。

「低くても、ゼロじゃない…」

同僚の拓也がスマホを見ながら笑う。

「お、亮太の7月5日パーティー、またバズってる! 仙台の英雄だな、アイツ!」

「英雄?」悠斗が顔を上げる。「インフルエンサー気取りの輩が予言に便乗して騒いでるだけじゃないか」

「そうかもな。でもそれに便乗してる連中は増えているぜ?」拓也が肩をすくめる。

 

「それに彩花ってババアも不気味だよな。なんでも東日本大震災を予言して的中させたことがあるらしい。当時は誰も信じなくて話題にもならなかったみたいだがな」

悠斗は黙る。彩花のフォーラムに、匿名でメッセージを送ってみる。

「7月5日4時18分の根拠は?」返信はすぐ来た。

 

「天の啓示。仙台で会えば分かる。定禅寺通、明日の夕暮れ」。署名は「彩花」。

「会う…?」悠斗の心臓が跳ねる。詐欺師の罠か、ただの狂人か。だが、データと予言の符合が、興味を危機感に変えつつある。父の「家族を守れ」が、頭の隅で響く。

帰宅後、姉の美和がリビングで七夕飾りの短冊を準備していた。復興支援のNPOで、子供たちに短冊を書かせるイベントを企画中だ。悠斗がパソコンを開くと、美和がため息をつく。

「また荒浜の話? 悠斗、震災は終わったの。仙台は前に進んでるよ。」

「…7月5日の噂、調べたんだ。」悠斗は切り出す。

 

「太陽フレアのデータ、変なんだよ。4時18分に何か起こるかも。」

美和が笑う。

「亮太って人のバカ騒ぎに釣られたの? 彩花って変な人の予言でしょ? 悠斗、トラウマで頭おかしくなったんじゃない?」

「トラウマじゃない!」悠斗の声が尖る。父の腕時計を握り、言葉を飲み込む。

「…ただ、調べたいだけだ。」

美和の目が曇る。「調べるのはいいけど、仙台の復興を邪魔しないで。震災の傷は、もういいよね?」

悠斗は黙ってパソコンを閉じる。亮太の最新投稿が目に入る。「7月5日まで爆走! 勾当台公園で最後のフェスやっぞ! #7月5日まで爆走」。動画で、亮太が七夕飾りの下で踊る。コメント欄に「彩花の予言、マジらしい!」と書かれ、悠斗の胸が締め付けられる。

夜、悠斗は気象庁のデータを再確認。フレアのピークが、彩花の「4時18分」と一致する。論文の「EMPで電力網壊滅」の一文が、震災の停電を思い出させる。避難所で姉が抱いた無力感。父の「守れ」が、危機感を煽る。

「もし本当なら…」悠斗はメモに走り書きする。「ファラデーケージ、食料、オフグリッド…準備が必要か?」彩花の「選ばれし者」が、頭をよぎる。詐欺師かもしれない。だが、震災で失ったものを繰り返したくない。

定禅寺通での彩花との約束が、胸に重くのしかかる。「明日、会ってみるか。」悠斗は呟き、父の腕時計を握る。仙台の夜は、七夕の準備と亮太のバズりで、熱くざわめいていた。