第1話: 亮太の祭り
仙台駅西口のペデストリアンデッキは、2025年6月の熱気に揺れていた。七夕まつりの準備で竹の骨組みが並び、色とりどりの吹き流しが夕暮れの風にそよぐ。その下で、亮太が叫んだ。
「7月5日4時18分で世界が終わるって! 飲めや騒げや、仙台最後の祭りだ!」
金髪を派手に立てた亮太は、シャンパンボトルを振り、花火を噴き上げる。20代の仲間が「亮太、ヤバいって!」と叫び、スマホでライブ配信。ペデストリアンデッキは若者でごった返し、仙台の夜が熱に浮かされていた。亮太がマイクを握り、七夕飾りの竹にシャンパンをぶちまける。
「ネットでバズってる予言、知ってるか? 7月5日4時18分、空が燃えるらしいぜ! どうせ終わるなら、仙台でぶち上げようぜ!」
亮太のライブ配信は、画面に「#7月5日まで爆走」のハッシュタグが踊る。コメント欄は「神イベント!」「仙台盛り上がれ!」で埋まる。遠くの電光掲示板に、一瞬だけ「7.5 4:18」と数字がちらつく。誰も気づかない。
悠斗は荒浜の慰霊碑の前に立っていた。仙台市若林区、海から数百メートルの空き地。2011年の津波が全てを奪った場所。夕暮れの風が頬を撫で、波の音が遠く響く。悠斗の手には、父の形見の腕時計。文字盤は7時5分で止まっていた。
「14年か…」悠斗はつぶやき、時計をポケットにしまう。30歳、元気象庁職員。今は小さなデータ会社で淡々と働く。震災で父を失い、避難所で姉と母を抱いた無力感が、胸の奥に沈んでいる。
スマホが振動した。亮太のライブ配信の通知。「7月5日4時18分で終わり! 仙台で爆走!」という叫び声がスピーカーから漏れる。悠斗は眉をひそめ、画面をスクロール。「バカ騒ぎか。震災をネタにするなよ…」
だが、亮太の投稿に混じる一文に目が止まった。
「彩花ってババアの予言、ガチらしいぜ。7月5日4時18分、空が燃えるって!」リンク先は、怪しげなフォーラム。投稿者「彩花」の言葉が並ぶ。
2025年7月5日4時18分、空が燃え、海が試練を与える。選ばれし者だけが生き残る。天の警告を聞け。
「何だ、これ…」悠斗の指がスクロールを止める。予言の胡散臭さに鼻で笑いつつ、数字の「7月5日」が父の腕時計の「7時5分」と重なる。不気味な符合に、胸がざわついた。
青葉区のマンションに帰ると、姉の美和がキッチンで夕飯を温めていた。40歳、復興支援のNPOで働く。仙台の「前向きな空気」を愛する姉は、悠斗の沈んだ顔に気づく。
「また荒浜行ったの? いつまで過去に縛られるのよ。」美和の声は柔らかだが、刺がある。
「…別に。」悠斗はソファに沈み、ノートパソコンを開く。
亮太のライブがニュースサイトに。「仙台で『7月5日カルト』騒動」との見出し。テレビでは、亮太がインタビューで笑う。
「どうせ終わるなら、楽しむしかないっしょ!」
「バカらしい。」美和がリモコンを切る。
「震災の傷を忘れようって時に、こんな騒ぎ…」
悠斗は無言で亮太のSNSをたどる。彩花のフォーラムのリンクをクリック。投稿は詩的で、超自然的な匂いがする。「天の警告」「試練」「燃える空」。詐欺師か、狂人か。だが、「4時18分」の具体性が妙に引っかかる。
「姉貴、7月5日に何か起こるって噂、聞いた?」悠斗が試しに言う。
美和が振り返り、呆れた顔。「亮太ってバカのネタでしょ? 悠斗、変なの信じないでよ。震災のトラウマで十分でしょ。」
「…ただの噂だろ。」悠斗は誤魔化すが、胸のざわめきが収まらない。
気象庁の古いデータベースにログイン。
趣味でチェックする太陽活動のログ。検索窓に「2025年7月5日」と打ち込む。
画面にグラフが現れる。太陽フレアの活動予測。2025年7月5日4時18分、異常なピークが記録されていた。「EMP…電力崩壊?」悠斗の指がメモ帳に走る。彩花の「空が燃える」が脳裏に浮かぶ。
「まさかな…」悠斗は呟き、父の腕時計を握る。7時5分の針が、7月5日と重なる。震災の記憶が、胸の奥でざわざわと動き出す。亮太の笑い声が、テレビのノイズから遠く響く。
「調べるか。」悠斗はパソコンを閉じ、決意の欠片を口にする。仙台の夜は、七夕の準備と亮太の騒ぎに揺れていた。