第10話: パニックの渦
仙台の仙台駅前は、七夕の短冊が風に揺れる喧騒に、焦燥の叫びが混じっていた。
2025年7月5日が迫る。
夜空に星が瞬く中、仙台港の塩気混じりの風が佐藤龍也の救命船展示を包む。悠斗は泉区の丘陵地で、シェルターのコンクリート枠に最後の遮断材を打ち込む。土と汗の匂いが鼻をつく。
持ち込んだテレビの電源を点ける。
テレビの音が冷たい部屋に響く。佐藤龍也のニヤついた顔が画面を埋める。
「命が助かるなら100万円なんて安いものでしょ? 自分の未来に投資できないんじゃ、津波に飲まれても仕方ないですよね?もうアホとしか言いようがない」
仙台港の救命船展示に群衆が殺到する映像が流れ、悠斗の喉が締まる。
「まるで蜘蛛の糸だな…でも、彩花の『海が試練』とデータが気になるな…」
気象庁のログ、7月5日4時18分のフレアピークが、EMPの脅威を告げる。スマホの画面が目眩を誘う。「真相の目」の投稿。「隕石、EMPは偽装! 政府の陰謀!人工地震が起きる」亮太のフェスが勾当台で暴走し、乱闘の叫び声がSNSで響く。「#7月5日の黙示録」が炎を上げる。
仙台港近くの闇市では、転売ヤーが水1本1000円、米10kgで3万円を吹っかける。警察の摘発で怒号が飛び、ニュースが流れる。
「仙台でパニック拡大!」
仙台駅前のスーパーでは、高齢者が空の棚を前に叫ぶ。
「食料がない! どうすりゃいい!」悠斗の胸がざわつく。
「データは確かだ…でも、本当に何も起きなかったら元の生活に戻れるのか?」
職場は、混乱のざわめきに包まれていた。仙台駅近くの雑居ビル、埃っぽいオフィスで、悠斗は気象庁のログを睨む。
拓也がスマホを手に笑いながら悠斗に語りかける。
「亮太のフェス、暴動だってよ! もう終わりだな。佐藤の船はもう500万だって!乗船券を100万で買った連中が転売してるらしいぜ。転売ヤーもボロ儲けだな!」
悠斗の声が低く震える。
「EMPで全部終わる…拓也、考えた事あるか?この世界から全ての電子機器が使えなくなったとしたらどんな世界になるか。」
拓也が肩をすくめる。
「さぁな、なるようにしかならねぇって。東日本大震災の時だって石巻の実家が流された時は絶望したさ。親父もおふくろも行方不明のままだ。でもな、絶望から立ち上がってここまで来たんだぜ?」
同僚達の笑い声が、悠斗の耳に刺さる。2011年の津波、避難所の冷たい床が脳裏をよぎる。
昼休み、車で泉区のホームセンターへ向かう。仙台の街並みが、七夕の飾り越しに歪む。棚はほぼ空。残りの食料と電池を掴む。店員がため息をつく。
「もう何もないよ…」
仙台駅前に戻ると、佐藤のデモが暴動に変わる。「隕石だ!ノアの方舟に乗るんだ!」と叫ぶ群衆に、観光客が足早に逃げる。その傍らで缶コーヒーを飲みながら冷ややかな視線を送る会社員。
転売ヤーの闇市では、殴り合いの怒号が響く。悠斗の手に握られたペンダントが、冷たく重い。
夕暮れ、リビングの空気が重い。美和が七夕の短冊を片付け、色とりどりの紙が床に散らばる。悠斗の手にホームセンターの袋を見つけ、彼女が顔を上げる。
「悠斗…こんな混乱でもまだ続けるの? 信じてるのは分かったけど…怖いよ。」
小さな水のボトルを差し出す。
「これ、持ってて。」
悠斗はボトルを受け取り、喉が詰まる。
「美和…やっぱり一緒に避難は…?」
声が掠れる。美和が目を伏せる。
「私は行かない。もし本当に悠斗が言う事が起きたとしたら、私はその後の世界で生きていく自信がないの…。助かるなら…悠斗、あなたが…。」その声は、諦めと僅かな温もりを帯びていた。
部屋に閉じこもり、彩花のフォーラムを開く。
「4時18分、海が全てを飲み込む。」
不気味な文字が目を焼く。
「真相の目」が煽る。「政府の陰謀! 隕石は偽装!人工地震が日本を滅亡に追い込む!」
亮太の投稿が飛び込む。
「暴動パーティー! 7月5日、勾当台で黙示録! #7月5日の黙示録」。コメント欄は「転売ヤー死ね!」「ガチ準備奴は?w」で荒れる。
テレビが佐藤龍也の声を響かせる。
「払わない奴は黙示録の犠牲者だ!」仙台港で暴動、警察のサイレンが夜を裂く。悠斗はペンダントを握り、気象庁のデータを見つめる。七夕の短冊が風に揺れる音が、窓の外からかすかに聞こえる。仙台は、パニックの渦に飲み込まれつつあった。