仙台の夜は更けていく。
8割埋まっていた席はいつの間にか私と一組残すだけになっていた。先程まであった賑やかさとは裏腹に静寂が訪れる。
スプーンがティーカップに当たる音と微かな笑い声が店内に広がる静かな時間。
自分で吐くため息でさえも大きく聞こえる。
日常から隔絶された空間では仕事のことなど考えるのは野暮ってものだ。こういう時間を大いに感じ取りたいものだ。
このまま時が止まればいいのに…。かつてこの店に一緒にやってきた友はいない。私だけがここに取り残されたのだ。
目の前に置かれたカモミールミルクティーからはとても良い香りがしている。今まで生きてきて嗅いだことのない香りは非日常を演出するには十分だ。
閉店まで1年ちょっとか·····。この店は来年12月27日で閉店してしまう。
常日頃からお客さんが来てれば閉店などせずに続けることはできる。でも来ないのだ。
仙台の立地において一日の客が10人程度では経営は成り立たない。ただでさえ喫茶店は客の滞在時間が長くて回転が悪い。喫茶店経営というものはもう合理化が進んだ時代には合ってないのかもしれない。
それでもマスターは昭和の純喫茶文化を絶やしたくないという意気込みで頑張っている。
一度無くなったものは復活することはないのだ。この店が無くなると同時に私はその多くの思い出すら永遠のものになってしまう。
マスター渾身の傑作であるティラミス。出来上がるまで多少時間を要するがそれはシンガポールタイムなのである。
口へ運べば確実に訪れる幸せ·····!この店でしか味わえない逸品なのだ。
舌ごと溶けてしまうのではないかという柔らかい上品な甘みが口の中一杯に広がり思わず笑みがこぼれる。
そうだ、先程まで多くのお客さんがティラミスを食べては感嘆の声を上げていたのだ。
入るにはちょっとハードルが高いかもしれないが仙台にいるなら必ず1度は訪れてみてほしい。
この喫茶店は疲れた心を癒してくれる幻想的な光に溢れている。
運命と出逢う小さな喫茶店。