「あそこが僕の家だよ」
カイトが指差した方には薄暗い街の一画に不釣り合いとも言える程お洒落なレンガ造りの家があった。小さな窓からは明るく柔らかい光が溢れていた。
「ただいまー!」
カイトが声をかけるとガチャリとやけに重厚な鍵が解錠する音がして扉が開いた。すると三十代半ばくらいの女性が出迎える。
「おかえり。あら、珍しいわね。お客さん?」
女性は微笑むと軽く会釈をする。その所作は上品な感じに思えた。
「うん、こちらシュクレン。そこで知り会った旅人だよ。今夜は泊まる所無いんだって!シュクレン、僕のお母さんだよ!」
「よろしく、シュクレンちゃん。私はアリッサよ」
アリッサはニッコリと笑うとエクボが印象的でより一層若く見えた。
シュクレンは恐縮し、やや強張った表情を浮かべながら会釈する。
「こんな寂れた街へやってくるなんて珍しいわね。大したおもてなしも出来ないけれどゆっくりしていってね」
アリッサは優しい笑みを浮かべて中へ促すと再び大きな南京錠の鍵を締める。
「夜はね、物騒なのよ」
白いテーブルクロスが敷かれた食卓には温かい料理が並べられた。決して豪華と言えるものではなく、細かく切られた野菜のスープと蒸し芋の質素なものだった。
「大したご馳走ではありませんが召し上がれ」とアリッサはシュクレンに促した。
カイトを見ると満面の笑みでフォークを持っていた。
「お母さんの料理は天下一品なんだ!温かい内に食べなよ!」
「…いただきます」
シュクレンは手を合わせ頭を下げる。
「シュクレンは育ちがいいんだね!礼儀正しくて~!」
カイトは感心するように見入っていた。
「カイトも見習わないとね?」
アリッサが意地悪そうに笑いながら横目でカイトを見る。
「そ、そうだね、いっただきまーす!!」
カイトは罰が悪そうに苦笑いするとシュクレンの真似をし手を合わせてから食べ始める。
「ところで夜は出歩かない方がいいよ!」
「…どうして?」
シュクレンのフォークが止まる。窓の外ではカラスがけたたましく鳴いていた。
「死神が出るんだ。誰もその姿を見た者はいない。見たら最後…無残な死体となってしまうからさ」
カイトは少し凄みを利かせ顔をしかめて語る。
「…死神?」
「うん、そう呼ばれている。この頃街では不可解な事件が起きているんだ。誰も侵入した形跡がないのに殺されてしまうんだよ。だから頑丈な鍵をかけて誰も夜は外に出ないんだ。それでも犠牲者は後を絶たず死神が棲み着いてしまったんじゃないかって噂だよ!」
「こら!シュクレンちゃんが怖がってしまうでしょ!まぁ、死神かどうかはわからないけれど最近はそういう物騒な事件が多いのよ。不漁が続いてね。食い扶持が無くなった漁師なんかが強盗を働いたりすることもあるらしいわ。だから夜になると誰も出歩かないのよ…」
ゴクンとシュクレンの喉が鳴り顔が赤くなる。
「あは!シュクレン怖いんだ?大丈夫だよ!もし死神が現れたら僕が守ってあげるよ!僕は男の子だから女の子を守るのだ!」
カイトはそう言うと満面の笑みで腕の力こぶを誇示した。
外では夜にも関わらずカラスが何度も鳴き不気味さを演出しているかのようだった。窓の外から誰かが覗き込んでいるような視線を感じて身震いがした。
「死神はカラスがよく鳴く夜に現れるんだ。カラスは死神の使いだからねぇ」
カイトが皿を見るといつの間にか人参が大量に積まれていた。
「あれ?いつの間に増えたの?さてはシュクレン!?やったな!!」
「…私…人参食べた…それ、カイトの…」
アリッサは二人のやり取りに思わず笑ってしまった。