その少女には感情が無かった。
気が付いたらこの何も見えない深い暗がりのセカイに呆然と立ち尽くしていたのだ。
目が慣れてくると一筋の光が見える。その光の方に歩くと狭い路地から出る。
辺りを見回す。
まるで繁華街のような造りの建物が連なっていたが人の姿は全く見えなかった。
建物は廃墟というには綺麗で人がいなくなってそれほど時間が経っているようには思えない。
「ねぇ、君はどこから来たの?」
不意に後ろから声をかけられ振り向く。
そこにいたのは見た目15歳程、自分と同じ年の瀬の少年だった。
「あはは、驚かせてごめん。こんな寂れた街に人が来るのは珍しいなぁと思ってさ。君、名前なんていうの?」
少女は考えた。
なぜ自分がここにいるのか。どうやってここへ来たのか。
記憶が曖昧で何も思い出せない。
ただ一つだけ覚えているのは自分の名前だけ。
「私は…シュクレン」
「変わった名前だね?僕はカイト。よろしく」
カイトは満面の笑みで手を差し出す。シュクレンはその手を握ると視線を顔に向ける。
浅黒く焼けた肌は活発な感じがした。
「カイトも…変わった名前…」
シュクレンの髪は銀色に輝いており、それに包まれた顔は実に端正であった。深い蒼の瞳にカイトは吸い込まれそうな錯覚を覚えた。
「そうかな?へへ、君はここで何をしているの?これからどこへ行くの?」
シュクレンは考える。記憶を辿ろうとするが明確な答えが思い浮かばない。
「どこか…私の知らないどこか…」
その街は華やかな建物とは裏腹に陰湿でどこか負のエネルギーに満ちており、人気のない暗い街に不釣り合いな明るい少年カイトは何やら異質に思えた。
「君は旅人さんなんだね!どうりで変わった衣装着てると思った!じきに暗くなるよ?今日泊まる所ないならウチにおいでよ!まぁ、狭い家だけど…」
「…でも」
一瞬シュクレンは戸惑うが突然お腹がググ~といささか間抜けな音を出した。
「ははは!お腹空いてるんじゃん!遠慮しないでうちに泊まりなよ!そして、旅の話を聞かせてよ!」
シュクレンは黙って頷いた。
一羽のカラスが上空を飛び、不穏な空気が街を包み込んでいた。
どことなく湿り気を帯びた重い空気が頬にまとわりつく。この街には何かがあると思った。