3.黒の少女

目が覚めると視界に飛び込んできたのは青い空だった。白い雲がゆっくりと流れていた。

そこはどこかで見たような景色だった。懐かしいような気もしたが、思い出そうとすると目眩が襲ってきた。
「これは…何だ?」

少女は立ち上がる。全身黒い衣装に包まれ、袖やコートには炎のような紋様が描かれている。膝下まで伸びた長い黒髪が風に靡いた。
「ワタシは…誰だ?」

目の前にある道を歩いた。
心のどこかで懐かしいような気持ちがあったがそれは徐々に薄れていった。

「おねえちゃん!はやいよ!」
まだ幼い少年が駆けてくる。

「おねえ…ちゃん?ワタシの事か?」

その後ろから自動車が猛スピードで走ってくる。

少女は直感的に少年を抱えて横に飛んだ。

自動車が脇に停まると大きな蜘蛛の姿に変化した。それは人のような顔をしながら大きな牙を有していた醜い化け物だ。

「死を忘れるな」
深い井戸の底から叫んだような声で喋ると口から糸を吐き出し少年を引き込んでいく。

「うわぁぁぁ!おねえちゃん!助けて!こわいよぉぉぉ!」
少年が泣き叫びなす術もなく体が糸に包まれていく。

「死を恐れるな」
大蜘蛛は歪んだ笑みを浮かべる。
その時、空からカラスが降りてくる。

「さぁ!従者よ!利き腕を上げ我の名を呼ぶがいい!」
少女は右手を上げるといつの間にか記憶に刻まれていた言葉を叫んだ。

「ブラック!」
ブラックが右手に留まると黒い光を放ち巨大なハンマーに変化した。それと同時にツインテールの結び目の毛が立ち上がる。

「奴は死蜘蛛だ。現世に死の糸を張り巡らせ、それにかかった人間に事件や事故を引き起こし魂を集めてる不貞の輩だ!粛清してやれ!」
大蜘蛛が少年を糸で包み、繭のようにすると自らの巣に張り付けた。

「俺の名はゲゼル。貴様も死を忘れている。思い出せ…自分の死を…」
ゲゼルは少女の顔を覗き込むと一気に加速して鋭い針のような足を突き出す。
「自分の死を…?」
少女はハンマーを振り上げ迫り来る足を弾き防御した。
「貴様はまだ死神の体に慣れていない!練習相手には丁度良い!死神の圧倒的な力を体感せよ!」
ブラックの言葉に少女は頷きハンマーを振り爪を弾き飛ばす。
「シャアアアァ!!」
ゲゼルが糸を吐き出すと少女はそれを跳躍し回避する。

「上かぁっ!!」
ゲゼルの鋭く尖った足が再び少女を襲う。ハンマーでそれを弾くが動きが一瞬止まった。

「おい!蜘蛛の足はたくさんあるんだ!油断するな!」
さらにゲゼルは足で追撃をし遂に少女の太腿を貫いた。
「っ!?」
爪は太腿を貫通し地面へ到達している。完全に動きを封じられた。

「シャァァァァーっ!」
ゲゼルの吐き出した糸が少女を捉える。身をよじるが両足は完全に動かない。
「ぐ…」
「ぐふふふ、油断したな!終わりだ!」
ゲゼルは何度も少女を足で殴打する。たちまち少女の顔は鮮血で赤く染まっていく。
「がは…」
少女の頭が力なくガクガクと動く。
「ぐふふ…だいぶ肉が柔らかくなったようだ!」
ゲゼルは少女を頭から食らいつこうと大口を開けて迫った。