翌日の朝には昨日起きた事を忘れるように努めて玄関の扉を開けた。すぐに視界の中にカラスの姿を捉える。
「カラスさん!オハヨー!」
未来はいつものようにカラスに挨拶すると後ろを振り向いた。
「おねえちゃん!早いよぅ!」
弟の啓登が後ろから駆けてくる。
「遅い!遅い!早くしないと遅刻しちゃうよ!」
未来が手招きすると啓登は今にも泣きそうな顔をして小走りに駆けてくる。
「待ってよぅ!」
「待たないよー!…あれ?」
未来が振り向くと透明な糸のような物が見えて目を擦った。それは蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
「また…何だろう?」
啓登の体にもまとわりついている。
「啓登!何か体に付いてるよ!?」
「え?何も無いよ?」
啓登にはその糸が見えていなかった。突如として昨日起きた事が頭の中を駆け巡る。
何か嫌な予感がした。時間が止まったかのように静寂が体を包み、湿気を帯びたようなねっとりとした空気がその周りを支配した。
その時、静寂を破壊し後ろから車が迫ってくる。運転手は白い繭のようになっていた。それは明らかに進路がズレて蛇行している。猛スピードで啓登の後ろから迫ってきた。
「啓登!危ない!!」
未来が飛び出し啓登を押し出すが二人もろとも車に跳ねられ、小さな体は空中を舞い地面に強く叩きつけられた。
気が付くと暗闇の中にいた。体の痛みは無く、手足も自由に動くようだった。何となく錆のような鉄臭い匂いが鼻につく。
未来はフラフラと立ち上がる。
「啓登!啓登!!どこにいるの!?」
手探りで進む。ここはどこなのか全く検討がつかない。声は反響することも無く、まるで耳が詰まっているような感じで空気にめり込んでる。屋内ではないことは大体検討がついた。
暗闇の中、羽音が聞こえて近くに留まる。
「な、何!?」
「我は死神ブラック…お前の魂は我が預かる」
「な、何なの!?しにがみ!?わたし早く学校に行かないと駄目なの!」
「学校?カカ…もう行く必要はない。お前はこの不浄の地デスドアで魂を狩り続ける死神になるのだ。魂を集めたらお前の願いを叶えてやろう」
「願い…?元の世界に帰りたい!お家に帰りたい!」
未来は泣き叫ぶ。
「その願いも魂を集めれば叶えてやる。我の従者になるのだ!そうすれば永遠の命も夢ではない」
「啓登…啓登に会いたい!どこにいるの!?」
未来は暗闇に語りかける。
「残念ながらお前の弟は死んだ。そして不浄の魂になった。お前はその現実を受け止め不浄の魂となった弟を救うのだ」
「ふじょうの…たましい?よくわからない…わからないよ!!啓登に会いたい!会わせて!!」
「すぐにわかるようになる。では契約だ。お前の感情を預からせてもらう。このセカイでは自我は必要ない。自我に目覚めればたちまち狂ってしまう。そんなセカイなんだ。お前は死神として働いてもらう」
「わからないよっ!全然わからないよっ!!」
「仕方ない。まずは貴様に目を与えよう」
突然暗闇から眩しい光の中に目覚めた。目の前にはカラスがいる。それはいつも見ていたカラスだ。
「あ…」
未来は手を伸ばそうとするが動かす感覚はあっても手がそこに存在していなかった。
「今のお前は魂だけになっている。死神になればより強靭な肉体を得る事が可能だ。そして決して折れない精神も手に入る。その代わりにお前に必要の無い感情をいただこうというのだ。わかったな?」
羽ばたく音が聞こえると頭に留まり突然電気のような衝撃が流れ意識を失った。