1.黒の少女

「行ってきまーす!」
少女が元気良く家の玄関を飛び出した。
ツインテールに結んだ黒く艶やかな髪は風にサラサラとなびき、その足取りは軽やかだった。
体よりやや大きめのランドセルが揺れている。

加藤未来(みく)9歳。
明るい性格で二つ下の弟を可愛がっている。未来が振り向くと弟の啓登(けいと)が小走りで駆けてきた。
「おねえちゃん、早いよぉ!」
「そろそろ、啓登もあたしに起こされなくても起きるようにならないとダメだぞー!」
未来は啓登の頭を撫でると手を繋ぎ一緒に歩いた。
「ミーちゃんオハヨー!」
いつも朝日が差し込む窓際で毛繕いをしている白猫に挨拶をして食い意地が張っている犬のケンタにも挨拶をする。

未来が電線を見上げると一羽のカラスが留まってこちらをじっと見ていた。
「カラスさんオハヨー!」
未来が手を振るとカラスが首を傾げてカァーと鳴いた。

教室ではいつもと変わらない面々のクラスメートが集まる。

「ねぇねぇ、昨日のNステ観た?」
いつもの変わらない日常。
退屈な授業を受けてると外の木にカラスが一羽留まってこちらを見ている。
未来はそれをただ見つめていた。カラスと時々視線が合い笑顔を送った。
給食は大好きなプリンが出て男子は休んだ子のプリンを取り合いをしている。
未来はその光景を見て笑いながら外を見るとまたカラスがこちらを見ていた。

「朝の…カラスかな?」
未来は手を振ってみるとカラスはカァーと鳴いた。それからそのカラスが頻繁に目に留まるようになった。午後の授業の時にも外にいて教室を見つめているのだ。
その度に未来は何らかの合図をするとカラスはきちんと返事をするように鳴いた。
「面白いカラス!」
未来はそのカラスが気になっていた。あれから近くにはそのカラスがいつもいるようになった。
奇妙なことにそのカラスが現れてから視界に透明な糸のようなものが見えるようになった。それは他の人には見えずに未来にだけ見えているようだった。
しかし、その糸は見えてはいるが手に触れる事は出来ない。遠くにあるような近くにあるような距離感が全く掴めないのだ。
その糸は至る所に張り巡らされ、人々はそれに気付かずにいた。
「あたしの目がおかしいのかなぁ…」
未来が目を擦るとたくさんの糸は空気に溶けてしまったかのように消えていた。
そういえば父から聞いた事がある。歳を取ると目の中の糸くずが見える時があると。それは世間一般的には『飛蚊症』という症状なのだが、未来はそれだと思った。
たくさんの人が往来する商店街を歩いてると目の前で突然男性が倒れた。
「えっ?」
倒れた男性はもがき苦しむように胸を抑えていた。未来はすぐに駆け寄り声をかける。
「あの…大丈夫ですか!?」
男性の肩に手をかけて振り向かせたら既に白目を剥き口からは泡を噴き出していた。
「た、大変!きゅ、救急車!」
近くを通りかかった人に声をかけて救急車を呼んでもらうとあっという間に人集りが出来ている。

ふと振り向くと倒れた男性の体には蜘蛛の糸のようなものが巻き付き繭のように幾つも重なっていた。
「え?ええ?」
未来は男性に近付こうとしたが周りの人に遮られた。そして、その男性を包んだ繭は何かに引き込まれるように地面の中へと溶けるように消えていった。
「今の…なんだったんだろ…?」
男性はそのまま横たわっているが、その表情からは生気を感じなかった。