6.羆

シュクレンは槻山家に村落の女達とその子供と避難していた。
外は凄まじい猛吹雪で暗闇に包まれ、戸板がバタバタも激しく音を立てている。その音に震えて女達は身を寄り添っていた。
誰もが不安に駆られ押し黙り、眠れずにいた。

異変は既に起きていた。風が止んだかと思うと再び風が強まる。それが何度も繰り返される。
定期的に繰り返される静寂と暴風…。
「どうなっているの…?今までこんな吹雪無かったわ」
「おかしいよ…」
女達がヒソヒソと話し始める。
すると突然凄まじい獣臭が家の中まで漂ってくる。一斉に女達の顔が引き攣り強ばる。
誰もが羆の存在を感じた。確実に家屋の外にいて、獲物がいないかグルグルと回り確認していたのだ。
静寂の中、誰かの歯がカチカチと鳴っている音だけが聞こえていた。吐息さえも震えている。
頼りない囲炉裏の火の中に薪を焚べる。羆は火を怖がるはずだと誰もが思っていたからだ。

部屋の空気がまるで凍ってしまったかのように張り詰め、冷たい汗が頬を伝わり顎先へと垂れた。
心臓の音だけが体全体を伝わり、まるで体全体が心臓になってしまったかのような錯覚を起こす。

「ああ…神様…」
誰かが掠れ声で小さく呟いた。

長く続く静寂…。
羆は諦めて離れていっただろうか。

すると子供が突然泣き叫ぶ。
女が慌てて子供の口を手で塞ぐがより一層大きな声で愚図り泣き始めた。

「…まずい」
シュクレンが振り向くと視線が集まる。

「…逃げ…」
言いかけた所で壁が歪み轟音と共に羆が姿を現し侵入してきた。激しい突風と共に雪が津波のように押し寄せ、囲炉裏の火が一瞬にして消える。

柱はまるで飴細工のように簡単にひしゃげて折れた。土壁が崩壊し粉塵が舞い上がり視界が遮られる。
暗闇の中、悲鳴と怒号が飛び交う中でシュクレンは家の外を目指して走った。途中視界には絶望に顔を歪めた女達の顔が見えた。
「助け…」
一瞬にして女の顔が粉砕され、温かい血が顔に飛び散ってきた。
血飛沫が舞い天井や壁を真っ赤に染めていく。

「や、やめて!子供だけは殺さないで!!」
母親の懇願虚しく子供は目の前で頭を食い千切られた。小さな胴体まで食い尽くすのに時間はかからなかった。
その母親も爪の一撃で体が有り得ない方向に折り曲がり上半身と下半身は皮1枚で繋がっていた。
寒さ故か出血が止まり、息をしていたが助からないのは明白だった。
家屋が軋み歪み徐々に崩れてくる。
羆は無情にも次々に女子供を襲う。ほぼ生存者は絶望的だった。

倒れゆく柱と壁の隙間から外に出たシュクレンは右腕を空に上げる。

「クロウ!」
叫ぶとカラスが空から降りてきてシュクレンの腕に留まると黒い光を放ち大鎌へと変化する。
黒い光は体にまとわりついて服に黒い紋様を浮かび上がらせ、髪は3本の毛束が立ち上がった。
「シュクレン!ソウルイーターはまだ合流出来ない。少し遅れているようだぜ!!俺達だけでやるしかない!」
「…う、うん」
大鎌を持つ手が震えていた。
「あいつの攻撃は絶対に食らうな!防御に振ってるとはいえ、食らったら死神装束を貫通しお前の肉体を破壊するだろう!」
巨大な羆は背を見せ建物を破壊し中にいる女達を喰らっていた。