7.羆

立っていることも困難な程の猛吹雪の中、大鎌を構え羆の後ろ姿を捉える。
「シュクレン、震えているな?恐怖に打ち勝て!羆の急所は眉間だ。そこを狙うんだ。体には分厚い脂肪を蓄えてやがるから斬るのは可能だが体力の浪費が大きい。それに反撃を受ける可能性もある。この雪じゃお前の俊敏な動きも出来ない!」
「…うん、わかった」

シュクレンは倒壊している家屋の屋根に飛び上がり羆の前に移動する。部屋の中には既に雪が吹き溜まっており、鮮血で赤く染まっていた。
羆が動くと家屋が大きく軋み、倒壊が進む。
跳躍し勢いをつけて羆の背中に大鎌を振り下ろす。皮を切り裂き肉を露出させたが傷は深くない。
羆は咆哮を上げ、湯気の濃い息を吹き出し、シュクレンの姿を目で追う。

その時、初めて羆と対峙した。

ギラギラと光る鋭い眼で睨まれただけでシュクレンの体の筋肉が強張り固まる。
「…うう」
急所の眉間に向かって追撃に出るはずが一瞬出遅れ戸惑い、一旦離れて間合いを取った。
ゆっくり羆は体の向きを変える。

「く…ハァッ…ハァ…」
息が詰まり呼吸が乱れる。
羆は確実にシュクレンを敵とみなし、攻撃態勢に入っている。
「シュクレン!今の攻撃で奴は相当怒ったぜ!ダメージは深くはないようだが、背骨付近の切創だ。動けば傷が広がる。ある程度動きに制限をかけられたはずだ!」
「…うん、でも…」
恐怖がシュクレンの足の自由を奪っていた。足がガクガクと震えている。「さっきのお前の咄嗟の動きはよかった。深追いをすれば反撃を食らうところだったぜ!少しの判断の遅れが命取りになる。今度は奴のターンだ。攻撃を上手く躱し、反撃するんだ!」
「…うん、わかった」
クロウの声に足の震えが緩和された。戦っているのは独りではないという安心感が恐怖感に勝ったのだ。
熱い吐息の蒸気が上がり、羆はまとわりついてる家屋の破片を振り払いその身を露わにする。
家屋よりも遥かに大きい体躯は雪の上とは思えない程に素早く加速し走り出した。

風切り音と共に鋭い爪がシュクレンの髪の毛を掠める。
「うぅ…!?」
目の前を掠めただけで目眩がした。
素早く踏み込み羆の脇腹に大鎌を振る。辛うじて先が刺さり僅かな出血を確認する。すぐに大鎌を引き自らの体を羆の懐に引き寄せた。大鎌を引き抜き、背後に回ると再び背中に大鎌を振り下ろした。
肋骨に刃先が引っかかると先程と同じように体を引き上げ背中へと乗る。
羆は体を激しく震わせシュクレンを振り落とそうとするが、大鎌が刺さっているため振り下ろせない。
そして、首の後ろまで移動すると大鎌を振り上げた。
「よし!!眉間に振り下ろせ!!」
「…うん」
大鎌を振り下ろす。
しかし、その刃先は眉間を外れ左の眼球へと突き刺さった。羆が頭をずらしたのだ。
凄まじい咆哮が上がり激しく体を揺さぶりシュクレンは雪の中へと身を投げ出された。

「く…はぁ…外した…」
「だが奴の視界はかなり狭くなったぞ!痛みだって相当だ!かなり有利になったぞ!お前の魂の力もまだ十分にある!!勝機はあるぞ!!」
立ち上がると大鎌を後ろ手に構える。
羆は頭を激しく振り、噴き出してる血を撒き散らす。雪に落ちた血は湯気を出している。前足を上げると二足で立ち上がった。
「う、嘘だろ…!?」
クロウが絶句する。

立ち上がった羆の身の丈は6mを超えていた。