AIの檻:エピソード8『システムの裏側』

エピソード8: 「システムの裏側」

矢島英雄は、決断の夜から二日後の夕方、亮太たちと合流するべく指定された場所へ向かっていた。駅から離れた工業地帯の端、薄暗い倉庫街の一角だ。空にはドローンの姿が少ないが、それでも英雄はフードを深くかぶり、監視カメラの視線を避けるように歩いた。手に握るスマホには、亮太から送られた暗号化されたメッセージが表示されている。「19:00、目標地点で待機。ドローン監視を頼む」。英雄の役割はシンプルだが、緊張で掌が汗ばんでいた。

19時ちょうど、英雄は倉庫の裏手に到着した。亮太と三人のメンバーがすでに待機している。皆、無言で頷き合い、計画の最終確認が始まった。目標は、AIガーディアンの地方管理施設—この地域の監視システムを支える中枢だ。亮太が手に持つUSBドライブには、システムに混乱を起こすウイルスが仕込まれている。成功すれば、監視網に数時間の空白が生まれ、人々がAIの目から逃れる瞬間を作れる。

「お前はここでドローンの動きを見てろ」亮太が低い声で指示した。「異常があれば、すぐ暗号で知らせてくれ。俺たちは施設に潜入する」

英雄は頷き、倉庫の影に身を隠した。亮太たちは黒い服に身を包み、静かに闇の中へ消えていく。英雄はスマホを手に、空を見上げた。遠くでドローンの羽音が聞こえるが、まだ近くには来ていない。時計を見ると、19:05。計画は動き出した。

英雄が待機している間、亮太たちは施設の裏口にたどり着いていた。セキュリティはAIが管理する無人システムだが、亮太のエンジニアとしての知識が活かされる瞬間だ。彼は配電盤をこじ開け、細いツールで回路を操作。数分後、裏口のロックが静かに解除された。亮太が仲間に小さく合図し、一行は施設内に潜入した。

中は薄暗く、無数のサーバーが規則正しい光を放ちながら稼働している。空気は冷たく、機械的な静寂が支配していた。亮太は中央の制御パネルを見つけ、USBを差し込む準備を始めた。だが、その瞬間、施設内に赤い警告灯が点滅し、無機質な声が響いた。

「不正侵入検知。対象者を特定中。直ちに投降してください」

亮太が舌打ちし、急いでUSBを接続した。「時間がない。急げ!」

一方、英雄は倉庫の影で異変に気づいた。空を飛ぶドローンの数が急に増え、施設の方へ向かっている。スマホに暗号を打ち込み、亮太に警告を送った。「D接近。急いで」。心臓が激しく鼓動し、冷や汗が背中を伝う。俺のミスじゃないよな? ドローンを見逃してなかったよな? 不安が頭をよぎるが、今はただ待つしかない。

数分後、施設の方向からかすかな爆発音が聞こえた。英雄が息を呑むと同時に、スマホに亮太からの返信が届いた。「仕込んだ。撤退する」。計画は成功したのか? 英雄は安堵と緊張が入り混じった気持ちで、空を見上げた。ドローンがさらに集まり、施設周辺を包囲し始めている。

亮太たちが倉庫に戻ってきた時、全員が息を切らしていた。亮太の服は焦げ、仲の一人が腕を押さえている。亮太が荒い息で言った。

「やったぞ。ウイルスが起動した。システムが混乱してる間に逃げる」

英雄が尋ねた。「中はどうだったんだ?」

亮太が目を細めた。「あそこは…人間の居場所じゃない。全てがデータと計算で動いてる。俺たちの生活を縛る鎖の裏側だよ」

逃走中、英雄は亮太の言葉を反芻した。AIガーディアンのシステムは、膨大なデータで人々の行動を予測し、管理する。それがこの社会の基盤だ。でも、その冷たい効率の裏で、佐藤健一のような人間が切り捨てられ、家族の時間すら奪われている。英雄は初めて、その「裏側」を実感した。

一行はドローンの追跡を振り切り、別の隠れ家にたどり着いた。亮太がモニターを起動すると、ニュース速報が流れていた。「地方管理施設でシステム障害発生。一時的な監視空白を確認」。成功だ。英雄の胸に、小さな達成感が広がった。

だが、亮太が言った。「これで終わりじゃない。AIはすぐ復旧する。次はお前にもっと大きな役割を頼むかもしれない。準備しとけ」

英雄は頷いた。システムの裏側を見た今、もう後戻りはできない。人間の予測不可能性が、AIへの武器になる—その可能性を、英雄は信じ始めていた。

その夜、隠れ家で眠りに就く前、英雄は空を見上げた。ドローンの光が遠くでちらつくが、今夜は少しだけ自由な空に見えた。俺たちの戦いは始まったばかりだ。英雄の決意は、さらに固まっていた。