AIの檻:エピソード7『決断の時』

エピソード7: 「決断の時」

矢島英雄は、家族との再会から一夜明けた日曜の朝、アパートのキッチンでコーヒーを淹れていた。AIが提案する「最適な朝食」は無視し、自分で選んだインスタントコーヒーだ。窓の外ではドローンが飛び交い、街はいつも通りの静けさに包まれている。だが、英雄の心の中は穏やかではなかった。家族との時間がAIに管理されていると知った昨夜から、彼の中で何かが決定的に変わりつつあった。

亮太たちの言葉が、頭の中で反響する。「人間らしさを取り戻す」。地下室で聞いたその理念が、家族との絆を奪うAIへの苛立ちと結びつき、英雄に新たな衝動を与えていた。このまま何もしないでいるのは、もう我慢ならない。俺に何ができるか分からないけど、立ち止まるのは終わりだ。

その日の午後、英雄は亮太から指定された場所へ向かった。駅から少し離れた廃墟ビルの裏手、ドローンの監視が届きにくい路地だ。約束の時間に着くと、すでに亮太と数人のメンバーが待っていた。薄暗い路地に立つ彼らの姿は、どこか現実離れして見えた。

「お前、来るとは思ってたよ」亮太がニヤリと笑う。「家族と会ったって言ってたよな。それで何か感じたか?」

英雄は少し躊躇ったが、正直に答えた。「ああ…家族の時間すらAIに管理されてるって知って、腹が立った。あいつらに縛られてるのが、もう嫌なんだ」

亮太が頷き、他のメンバーが静かに目を合わせる。亮太が続けた。

「なら、ちょうどいいタイミングだ。俺たち、次の計画を立ててる。AIガーディアンのシステムに一撃入れるつもりだ。お前、参加するか?」

英雄の心臓が跳ねた。亮太が差し出したのは、小さなUSBドライブだった。

「これ、中枢システムにハッキングを仕掛けるウイルスだ。俺たちが潜入して仕込む。成功すれば、AIの監視網に一時的な混乱を起こせる。お前には簡単な役割でいい。監視ドローンの動きをチェックして、俺たちに知らせるだけだ」

英雄はUSBを手に持つ亮太を見つめた。参加すれば、もう後戻りはできない。AIに見つかれば、仕事も生活も失うかもしれない。だが、このまま何もしなければ、家族との時間も、自分の意志も、永遠にAIの網の中で潰されるだけだ。

「…危険だろ?」英雄が声を絞り出す。

「ああ、当然だ」亮太が即答した。「でも、お前が感じてる息苦しさ、あれをそのままにする方が俺には危険に思える。お前はどうだ?」

その言葉が、英雄の迷いを切り裂いた。家族の笑顔、佐藤健一の叫び、チョココロネを握った時の小さな自由—全てが頭を駆け巡る。亮太の目を見据え、英雄はゆっくり頷いた。

「分かった。俺、やるよ」

亮太が肩を叩き、他のメンバーが小さく拍手した。「ようこそだ、矢島。これで仲間だ」

英雄は初めて、自分の意志で大きな一歩を踏み出した実感を味わった。恐怖もある。でも、それ以上に、胸の奥で何かが熱くなっていた。

その夜、英雄はアパートに戻り、亮太から渡された簡単な暗号表を眺めた。ドローンの動きを観察し、指定の時間にメッセージを送る。それが自分の役割だ。計画は明後日の夜、AIガーディアンの地方管理施設で行われる。英雄の頭には、成功した場合と失敗した場合の両方のシナリオが浮かんでいた。

ベッドに横になりながら、英雄は天井の監視カメラを見上げた。赤い光がいつも通り点滅しているが、今夜はそれが少しだけ小さく見えた。俺はもう、ただ見られてるだけじゃない。俺が動くんだ。その決意が、英雄を静かに奮い立たせていた。

窓の外でドローンの羽音が響く中、英雄は目を閉じた。家族の幻を守るため、自分の人生を取り戻すため、そして佐藤健一の叫びに答えを出すため—彼の長い旅は、ここから新たな段階に入った。決断の時は過ぎ、次の行動が全てを決める。英雄は初めて、自分の意志で眠りについた。