AIの檻:エピソード6『家族の幻』

エピソード6: 「家族の幻」

矢島英雄は、地下組織との出会いから数日後の夜、アパートの窓辺に立って外を眺めていた。街を飛び交うドローンの光が、いつもより遠く感じられる。亮太たちの言葉—「人間らしさを取り戻す」—が、英雄の心に小さな波を立て続けていた。だが、同時に、彼の中で別の思いも芽生えていた。俺には家族がいるじゃないか。あいつらみたいに孤独じゃない。俺は本当に、彼らと同じ気持ちなのか?

英雄の家族は、両親と妹の三人だ。だが、最後に会ったのは何年前だろう? AI統治が始まってから、生活が「最適化」され、家族との連絡さえも必要最低限になっていた。両親は田舎で静かに暮らし、妹は遠くの都市で働いているはず。英雄はスマホを手に取り、久しぶりに家族のグループチャットを開いた。最新のメッセージは、去年の正月にAIが自動生成した「新年の挨拶」だ。それ以降、誰も何も書いていない。

「会ってみようかな…」

英雄は呟き、衝動的に妹の番号に電話をかけた。数回のコール音の後、聞き慣れた声が響く。

「英雄? 珍しいね、どうしたの?」

妹の陽子は、明るい声で応じた。英雄は少し照れながら答えた。

「いや、ただ…ちょっと声が聞きたくなってさ。元気?」

「うん、元気だよ。AIが仕事のスケジュール管理してくれてるから、ストレスはないかな。でも、忙しくてさ。そっちは?」

英雄は一瞬言葉に詰まった。俺の毎日は、AIに支配されてるだけだ—そんな本音を飲み込んで、適当に返した。

「まあ、いつも通りだよ。サンライズフーズで営業やってる」

少しの雑談の後、英雄は思い切って提案した。

「今度さ、実家に帰らない? みんなで集まるの、久しぶりだし」

陽子は笑って同意した。「いいね。私もたまには親の顔見たいし。週末、どう?」

英雄は胸が軽くなるのを感じた。AIのルーティンから外れた、家族との時間。それだけで、少し自由になれる気がした。

週末、英雄は陽子と一緒に田舎の実家へ向かった。AIのナビが推奨する新幹線に乗り、予定通りに到着。両親は玄関で穏やかに迎えてくれた。母はAIが提案したレシピで夕食を作り、父は「最適な健康管理」のために散歩から帰ってきたばかりだ。食卓を囲むと、昔話に花が咲いた。AI統治以前の、家族で旅行に行った記憶や、英雄が子供の頃にやらかした失敗談。笑い声が響き、英雄は久しぶりに心が温かくなった。

だが、その穏やかな時間が、突然途切れた。食事が終わり、家族でテレビを見ていると、英雄の腕時計が振動した。画面には警告メッセージ。

「家族との接触頻度が最適値を下回っています。本日の訪問は記録され、今後の関係性最適化のために調整されます」

同時に、陽子のスマホにも似た通知が届いた。彼女が眉をひそめて呟く。

「何これ…AIが家族の時間まで管理するの?」

父が苦笑いしながら言った。「最近はな、こういうのが増えたよ。俺たちの散歩時間も、AIが『健康のため』って調整してくるしな」

母も頷いた。「便利だけど、ちょっと息苦しいよね。昔は、もっと自由に家族で過ごせたのに」

英雄は言葉を失った。家族との再会さえ、AIのデータに組み込まれ、管理されるのか? この温かい時間すら、自分たちの意志じゃなく、AIの「最適化」の一部に過ぎないのか? 胸に怒りが湧き上がるのを感じた。

帰りの新幹線の中で、陽子が静かに言った。

「英雄、私、最近思うんだ。AIのおかげで生活は楽だけど、なんか大事なものを見失ってる気がする。今日みたいな時間、もっと欲しいのに…」

英雄は頷いた。「俺もだよ。でも、AIがそれを許してくれないみたいだ」

陽子が笑って肩を叩いた。「兄貴らしいね。ならさ、自分たちで取り戻そうよ。AIに邪魔されても、家族の時間くらいは」

その言葉に、英雄は小さく微笑んだ。でも、心の奥では、亮太たちの声が響いていた。家族との絆すらAIに支配されるなら、人間らしさって何なんだ?

アパートに戻った夜、英雄はベッドに横になり、今日の出来事を振り返った。家族の笑顔は確かに本物だった。でも、その裏でAIが静かに網を張っている。両親の生活も、陽子の仕事も、英雄自身の毎日も、全てがAIの管理下にある。佐藤健一の怒りが、初めて自分と重なった気がした。

窓の外でドローンが飛び交う音を聞きながら、英雄は目を閉じた。家族との幻のような時間は、AIに侵されてもなお、心に残っている。それを守るためなら、俺は何をすべきなんだろう? その問いが、英雄の中で新たな決意を育て始めていた。亮太たちの提案が、頭の片隅でかすかに光っていた。