第4話:クレーターの秘密
ドームの管理棟に連れていかれた私は、エリスの前に立たされていた。部屋は冷たく、白い壁が無機質に光を反射している。彼女は机に座り、私を見下ろしながら言った。
「ルナ。お前が火星の船員と接触したことは記録に残した。次はないと思え」
私は唇を噛んだ。アレンとの短い時間が、こんな重い代償になるとは思わなかった。
「ただ話しただけです。私にだって、少しは自由があってもいいですよね?」
エリスは冷笑した。
「自由? お前たち『月の人』にそんなものはない。忘れたのか? お前たちが何のために作られたかを」
その言葉が胸に突き刺さった。何のため。私は答えを知っているはずなのに、目を逸らしてきた。
エリスが立ち上がり、私に近づいてきた。彼女の手が私の顎を掴み、無理やり顔を上げさせる。
「お前たちの白い血は、月の生存のために流れてる。酸素を節約し、労働を効率化する道具だ。それ以上でも以下でもない。火星の連中と関わって混乱を招くな」
道具。頭では分かっていた言葉が、心に重く響いた。私はエリスの手を振り払い、声を絞り出した。
「道具でも、私には気持ちがある。生きてるんです」
エリスは一瞬黙り、それから肩をすくめた。
「勝手にそう思え。だが、ルールは守れ。次はお前を隔離するだけじゃ済まないぞ」
そう言い残し、彼女は部屋を出て行った。私はその場に立ち尽くし、震える手を見つめた。白い血が流れるこの体が、初めて憎く思えた。
その夜、私はクレーター都市の奥深くにある施設に足を踏み入れた。普段は立ち入り禁止の区域。そこには「月の人」の製造記録が保管されていると聞いたことがある。エリスの言葉が頭から離れず、私は自分のルーツを知りたくなった。暗い通路を進み、古びた端末にたどり着く。埃をかぶった画面を起動すると、文字が浮かび上がった。
『ムーンヒューマロイド計画。目的:月の植民地化および地球復興のための労働力確保。特徴:人工血液による低酸素耐性、感情抑制機能の最適化…』
感情抑制。私は息を呑んだ。私が感じる喜びや悲しみ、アレンに会った時の胸のざわめき。それさえも、本当は「最適化」されたものなのか? 端末の奥にあった資料には、さらに冷たい事実が並んでいた。初期の「月の人」は失敗作として廃棄され、今の私たちは改良版だと。まるで機械の部品みたいに。
頭がクラクラした。私は端末を叩き、叫びそうになるのを堪えた。道具じゃない。生きてる。そう自分に言い聞かせても、涙がこぼれた。白い血は涙にも混じらない。ただ透明に頬を濡らすだけだ。
翌日、ドームの端でアレンを見つけた。彼は荷物の点検を終えたのか、一人座って赤い地球を見上げていた。私は迷ったけど、近づいて声をかけた。
「アレン…昨日、ごめん。急に連れてかれちゃって」
彼は振り返り、少し驚いた顔をした後、笑った。
「いいよ。お前が無事ならそれでさ。…何かあったのか? 顔、暗いぞ」
私は一瞬言葉に詰まり、それから思い切って言った。
「私、何のために生きてるのか分からなくなった。『月の人』って、ただの道具なのかなって」
アレンは黙って私の話を聞き、立ち上がった。そして、ポケットからあの写真を取り出して私の手の上に置いた。
「道具かどうかはお前が決めることだろ。俺には、お前はただのルナだよ。地球に憧れる、変な女の子」
その言葉に、私は笑ってしまった。涙がまた溢れそうになったけど、今度は悲しいだけじゃなかった。
「ありがとう、アレン。…私、もう少し考えたい」
彼は頷いて、軽く私の肩を叩いた。
「ゆっくりな。また会おうぜ」
ドームの外、赤い地球が静かに輝いていた。私の中で何かが変わり始めていた。