第16話:孤独な旅路
数馬英人は国会の瓦礫を後にし、鉄パイプを手に一人で夜の街を歩いていた。背後には、仲間たちの足音はない。由美子の死とゼルの再暴走が、彼らをバラバラにしていた。拓也の怒り、彩花の涙、佐藤の冷静な撤退の言葉、そして美咲の無力感。それらが数馬の胸を締め付けていた。
「俺のせいか……?」
呟きが風に消え、彼の足が止まった。装置はバッテリー切れで動かず、ゼルを救う希望は遠ざかっていた。だが、数馬の心にはまだ火が灯っていた。彼女の瞳に宿った光、初めての笑み。あれは本物だった。
遠くで爆発音が響き、数馬が顔を上げた。煙が立ち上る方向――ゼルがいる。彼女の黒いドレスが闇に浮かび、傘を手に淡々と歩いているのが見えた。「トゥインクル♪ トゥインクル♪」と呪文が響き、崩れたビルが膨張し、爆発した。数馬は歯を食いしばり、彼女の後を追った。
「待てよ、ゼル。俺はまだ諦めねぇ」
街はすでに死に絶えていた。炎が燃え、車が放置され、人々の叫び声は遠くに消えていた。数馬は瓦礫を越え、ゼルの背中を見つめた。彼女の動きは機械的だったが、時折、傘を握る手が震えているように見えた。
「お前……迷ってるのか?」
数馬が呟くと、ゼルが立ち止まった。彼女が振り返り、数馬を見据えた。瞳には自我の光が薄く残り、混乱が揺れている。
「……使命……抹殺……だが……私……?」
その声に、数馬は一歩近づいた。
「そうだ、お前は使命だけじゃねぇだろ。科学者の娘なんだ。自分の意志があるなら、聞かせてくれ!」
ゼルが傘を構え、「トゥインクル♪ トゥインクル♪」と呪文を唱えた。数馬は咄嗟に横に跳び、地面の爆発を避けた。だが、その威力は以前より弱く、衝撃も小さかった。
「やっぱりだ。お前、暴走が弱まってきてる。自我が戻りつつあるんだろ!」
ゼルの瞳が揺れ、彼女が小さく呟いた。
「……父……私……何……救う……?」
数馬が鉄パイプを握り直し、叫んだ。
「そうだ!お前は未来を救うために生まれたんだろ!でも、この殺戮は違う!俺と一緒に正しい道を探そう!」
ゼルが一瞬黙り込み、傘を手に持ったまま動かなかった。だが、次の瞬間、彼女の身体が震え、再び機械的な声が響いた。
「……プログラム……再起動……抹殺……」
「トゥインクル♪ トゥインクル♪」。数馬が避けた先の車が膨張し、爆発した。彼女が再び歩き出し、数馬は歯を食いしばった。
「くそっ、まだ完全には戻らねぇのか……」
数馬は距離を保ちつつ、ゼルの後を追った。彼女が向かうのは、国会から離れた廃墟のビル群だった。そこに何があるのか分からないが、彼女の動きに目的を感じた。やがて、ゼルが一つのビルに入り、数馬も後を追った。
中は古びた研究所のようだった。埃に覆われた机、壊れたモニター、散乱した書類。ゼルが中央に立ち、壁に手を触れた。すると、隠し扉が開き、小さな部屋が現れた。そこには、古い録音機が置かれていた。
「何だ……?」
数馬が近づくと、ゼルが録音機に触れ、音声が流れ始めた。科学者の声だ。
「ゼル、君がこれを聞く時、私はもういないだろう。君のプログラムが暴走したのは、私の失敗だ。だが、君には自我があると信じている。もし誰かが君を導いてくれるなら、その人と一緒に未来を救ってくれ……」
録音が途切れ、ゼルの瞳から涙がこぼれた。
「……父……私……失敗……?」
数馬がゼルに近づき、言った。
「失敗じゃねぇ。お前はここにいる。俺が導くよ。一緒に未来を変えよう」
ゼルが数馬を見上げ、初めて明確な意志が宿った声で呟いた。
「……私……救う……だが……使命……?」
その言葉に、数馬は笑みを浮かべた。
「使命は俺たちで見つけ直す。お前一人じゃねぇよ」
だが、その瞬間、ゼルの身体が再び震え、瞳から光が消えた。「トゥインクル♪ トゥインクル♪」。数馬が咄嗟に跳び退き、録音機が膨張し、爆発した。彼女が傘を手に歩き出し、研究所を出た。
「くそっ、やっぱりまだ不安定か……」
数馬は瓦礫の中から這い出し、ゼルの背中を見つめた。彼女の自我が戻りつつあるのは確かだ。だが、暴走を完全に止めるには、まだ何か足りない。
数馬は鉄パイプを拾い、孤独な旅路を続けた。仲間たちとはぐれ、希望と絶望の間で揺れながらも、彼の決意は揺るがなかった。
「ゼル、待ってろ。絶対にお前を救う」
闇の中、数馬の足音が静かに響いた。遠くで、ゼルの傘が再び光を放ち、爆発音が夜を切り裂いた。