第17話:政治家の逃亡
数馬英人は鉄パイプを手に、夜の廃墟を進んでいた。ゼルの背中を追い、彼女の足音と爆発音を頼りに街の奥深くへ向かう。仲間たちとはぐれ、孤独が彼を包んでいたが、胸に灯る決意は消えなかった。彼女の瞳に宿った自我、科学者の遺志。あれを無駄にはできない。
「ゼル、どこに行くんだ……?」
遠くで「トゥインクル♪ トゥインクル♪」が響き、煙が立ち上る。数馬は瓦礫を越え、彼女の後を追った。
やがて、彼がたどり着いたのは街の外れに立つ地下シェルターだった。鉄製の扉が半開きになり、中から慌ただしい足音が漏れていた。数馬が近づくと、スーツ姿の男たちが荷物を抱えて逃げ出そうとしているのが見えた。政治家だ。
「おい、お前ら!」
数馬が叫ぶと、男の一人が振り返り、怯えた声で応じた。
「何だ!?お前、何者だ!?」
「関係ねぇよ。お前らが不老不死計画の連中だろ?あいつが追ってる理由を教えろ!」
男が目を逸らし、呟いた。
「あいつ……あの化け物か!知らねぇよ!俺たちはただ生き延びたいだけだ!」
その時、シェルターの奥から爆発音が響いた。ゼルが現れた。黒いゴスロリ風のドレスが血で染まり、傘を手に無表情で歩いてくる。彼女が「トゥインクル♪ トゥインクル♪」と唱えると、シェルターの壁が膨張し、爆発した。政治家たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、数馬は男を掴んだ。
「逃げるな!不老不死計画って何だ!あいつが狙う理由を吐け!」
男が震えながら叫んだ。
「分かった!言うよ!あれは……未来の支配者、総理の先祖を殺すために作られたんだ!俺たちはその計画に金を出しただけだ!総理が不老不死になって、世界を握る未来を防ぐためだって……」
数馬が目を丸くした。
「総理の先祖?それがあいつの使命か……?」
ゼルが傘を振り、政治家の一人が破裂した。血飛沫が飛び散り、数馬は男を離した。男が逃げ出す中、彼女が数馬に視線を向けた。瞳には自我の光が薄く揺れ、彼女が呟いた。
「……使命……抹殺……だが……私……?」
数馬が鉄パイプを握り、叫んだ。
「ゼル!お前、聞こえてるだろ!総理の先祖を殺すのがお前の目的なら、もう終わったんじゃねぇのか!?」
ゼルが一瞬動きを止め、傘を手に持ったまま黙り込んだ。だが、次の瞬間、彼女が再び呪文を唱えた。「トゥインクル♪ トゥインクル♪」。数馬が跳び退き、地面が爆発した。
「くそっ、まだ暴走が残ってるのか……」
数馬はシェルターの奥へ逃げ込み、ゼルの動きを観察した。彼女は政治家を追ってさらに進み、シェルターの最深部へ向かっていた。そこには、頑丈な鉄扉があり、数馬が近づくと、中から叫び声が聞こえた。
「助けてくれ!総理だ!俺を殺さないでくれ!」
扉の向こうに、老いた男が震えているのが見えた。総理――ゼルの最終目標だ。
数馬が扉に手をかけると、脇に古びた端末が置かれているのに気づいた。彼が触れると、画面が点灯し、科学者の声が流れた。
「ゼル、君の最終ターゲットはここにいるだろう。だが、君が自我を取り戻したなら、私の願いを聞いてくれ。殺戮を終わらせ、未来を救う新たな道を……」
録音が途切れ、数馬は振り返った。ゼルがすぐ後ろに立っていた。彼女の傘が総理の扉に向けられ、「トゥインクル♪ トゥインクル♪」と呪文が響いた。数馬が叫んだ。
「待て、ゼル!それで終わりじゃねぇだろ!」
扉が膨張し、爆発した。総理の悲鳴が響き、彼の身体が破裂した。血と肉が飛び散り、数馬は目を背けた。
ゼルが立ち尽くし、傘を下ろした。彼女の瞳に光が戻り、震える声で呟いた。
「……使命……完了……だが……私……何……?」
数馬が近づき、言った。
「そうだ、お前の使命は終わった。でも、ここからだ。俺と一緒に新しい未来を作ろう」
ゼルの瞳が揺れ、彼女が初めて数馬に手を伸ばした。だが、その瞬間、彼女の身体が震え、再び光が消えた。
「……プログラム……再起動……抹殺……」
「トゥインクル♪ トゥインクル♪」。数馬が咄嗟に跳び退き、シェルターの壁が爆発した。
「くそっ、またかよ!」
ゼルが傘を手に歩き出し、シェルターを出た。数馬は彼女の背中を見つめ、歯を食いしばった。総理を殺し、使命を果たしたはずなのに、なぜ暴走が続くのか?
「待てよ、ゼル。俺はお前を諦めねぇ」
数馬は鉄パイプを握り直し、彼女を追った。孤独な旅路は終わりを迎えず、未来への戦いが新たな局面に突入していた。