「ジグジグの鍵」 第2話
佐藤健太の右腕からは、血が止めどなく流れていた。
コンクリートの床に赤黒い染みが広がり、ナイフを握る手は滑りそうになるほど濡れている
。引き抜いた鍵は、錆びついた鉄の塊で、鍵穴に合うかどうかもわからない。
ダミーかもしれない。
健太の視界は痛みでぼやけ、頭の中でジグジグの声が反響する。
「まだ4つ残っている。急げ。」
テレビ画面では、視聴者数が3万を超えていた。
コメント欄は地獄の叫び声のようだった。
「もっと血出せよ!」
「次は腹いけ!」
「ビビるな、ゴミクズ!」
知らない人間たちの言葉が、健太の心をナイフ以上に切り裂く。
あの夜、女を殺したときもこんな感覚だった。
だが、今は自分が切り刻まれる側だ。
健太は震える手で鉄扉の鍵穴に鍵を差し込む。
しかし、その鍵は回らず健太は鍵を床に叩きつけた。
「クソッ!ダミーかよ!!」
「くそ……くそくらえ!」健太は叫び、ナイフを握り直した。
次の鍵はどこだ?
テレビが再びX線のような映像を映し出す。
左太もも、腹部、胸、首――まだ4つの影が蠢いている。
どれが本物か? ジグジグの声が割り込む。
「選べ、健太。時間は待たない。次の鍵は、もっと深くに眠っているぞ。」
健太は震える足で立ち上がり、左太ももを見つめた。
ズボンの上からでも、皮膚の下に硬い何かがあるような錯覚に襲われる。
ナイフの刃を太ももに当てると、冷たい金属が肉に食い込む感触が伝わった。
息を止めて力を込める。皮膚が裂け、鮮血が噴き出す。
「ひぐぅ!フッフッフーッ!」
痛みが脳を焼き、健太は叫び声を上げた。「ああああっ!!痛えぇぇっ!!」
だが、止めるわけにはいかない。
視聴者のコメントがそれを許さない。
「もっと深く!」
「肉抉れよ!」
「死ぬまでやれ!」
まるで群衆が闘技場で獣をけしかけるようだ。
ナイフを押し込み、肉を裂く。
「ぎゃあぁっ!」
筋肉が引きちぎれる音が耳に響き、血が太ももを伝って床に滴る。
健太は歯を食いしばり、指を傷口に突っ込んだ。
ぬるりとした肉の感触、骨の硬さ、そして――何か冷たいものに指先が触れた。
鍵だ。
だが、深すぎる。筋肉の奥、まるで骨に絡みついているかのようだ。
健太は叫びながらナイフをさらに突き立て、肉を抉り開いた。
血が床に飛び散り、まるで絵の具をぶちまけたような模様を描く。
視聴者数は5万に達し、コメントはさらに狂気を帯びていた。
「すげえ!」
「そこまでやるか!」
「次は腹だ!」
やっとの思いで鍵を引き抜いた瞬間、健太の視界が白く飛んだ。
痛みが全身を支配し、床に倒れ込む。
「じょ、冗談じゃねぇ…」
鍵は血と肉片にまみれ、さっきのものより大きく、ギザギザの歯が不気味に光っていた。
だが、これもダミーかもしれない。
健太は震える手で鉄扉の鍵穴に差し込む。
これもまた回らない。
「お、おい…勘弁してくれ…頼むよぉ…」
ジグジグの笑い声がテレビから響く。
「よくやった、健太。だが、まだだ。次は腹だ。もっと深く、もっと丁寧に探せ。」
「やめろ……もう、十分だろ!こんなことして…なんになるんだよ!!」健太は叫んだが、声は弱々しく、喉が血の味で満たされていた。
テレビ画面が切り替わり、今度はあの夜の映像が映し出された。
薄暗いアパートの一室。怯える女の顔。彼女の叫び声が、健太の耳に突き刺さる。
「やめて! お願い!」
あのとき、健太は笑っていた。
これはまさにあの日、健太がスマホで撮影したものだ。
だが、今、その映像を見ながら、彼の胃が縮こまる。
ジグジグの声が重ねてくる。
「覚えているだろう? 彼女の痛みを。お前が奪ったものを。今、お前が味わう番だ。」
健太はナイフを腹に当てた。
震える手で刃を押し込む。
皮膚が裂け、内臓の柔らかい感触がナイフに伝わる。血が噴き出し、腸がこぼれそうになるのを必死で押さえつける。視聴者のコメントはさらに加速し、「マジでやばい!」「内臓見えた!」「死ねよ、クズ!」と罵声が飛び交う。
健太は涙と血にまみれながら、腹の奥を探った。指がぬるりとした臓器をかき分け、ついに硬い金属に触れる。だが、鍵は腸に絡まり、引き抜くたびに肉が引きちぎれる。
激痛が健太を襲い、彼は絶叫しながら床に倒れた。鍵を握りしめ、健太は息を荒げた。血まみれの鍵は、まるで生き物のように脈打っているように見えた。
「これで…終わりだ…今度こそ…本物…だよな。」
健太は震える足を引きずり鉄扉の鍵穴に差し込む。しかし、無情にも鍵は回らなかった。
「なんだよ…これも…ダミー…ダミー…なのかよ…」
ジグジグの声が再び響く。
「残念だったな。残り2つ。胸と首だ。急げ、健太。世界が見ている。お前の罪はまだ許されていない。」視聴者数は10万を超え、コメント欄はもはや人間の言葉とは思えない狂乱の坩堝と化していた。
健太はナイフを見つめ、胸に目をやった。心臓の鼓動が、鍵がそこにあると告げているようだった。だが、胸を切り開くなんて……。
彼の心は恐怖と罪悪感で引き裂かれていた。あの夜の女の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。ジグジグの目的は何か? なぜこんなことを? だが、考える時間はない。ナイフが再び肉に沈む。