ジグザグの鍵…第1話

「ジグジグの鍵」

 

冷たいコンクリートの床に、男の吐息が白く漂った。

部屋は薄暗く、湿った空気が肌にまとわりつく。

窓はなく、ただ一つの鉄製の扉が重々しく存在感を放っている。

 

佐藤健太、24歳。

 

震える手で額の汗を拭った。

心臓が早鐘のように鳴り、喉がカラカラに乾いている。

どうして自分がこんな場所にいるのか、理解できなかった。

数時間前まで、彼はいつもの生活を送っていた。東京郊外の安アパートで、コンビニ弁当を頬張り、スマホで動画を流し見ながら時間を潰していた。

外国籍の彼は、日本の法の網の目をすり抜け、過去の罪を水に流して生きていた。

 

あの夜のことは、頭の片隅に霞のように残るだけだった。

女の叫び声、怯えた目、血の匂い――。だが、それはもう過去だ。不起訴。自由の身。それなのに、なぜ今、こんな目に?記憶は曖昧だった。

夜道を歩いていると、突然背後から強い衝撃を受けた。

意識が戻ったとき、彼はここにいた。

手足は自由だが、どこにも逃げ場はない。

部屋の中央には小さなテーブルがあり、その上には一本のナイフが置かれている。刃は鈍く光り、まるでこちらを見つめているようだった。

 

「何だよ、これ……」

健太は呟き、ナイフに手を伸ばしかけたが、突然、部屋の隅に設置された古びたテレビがチラつきながら点灯した。

画面には、奇妙な姿の男が映し出された。顔は白塗りのピエロのようで、唇は真っ赤に塗られ、目は黒いアイラインで縁取られている。

しかし、その目は人間のものとは思えないほど冷たく、底知れぬ闇を湛えていた。

 

男はゆっくりと口を開いた。

 

「お前の罪深さを知るいい機会だ、佐藤健太…いや、その名もニセモノか。お前は自らの性癖の欲求を満たすために1人の女を手にかけた。それは残虐で目も当てられないほど惨いものだ。」

その声は低く、まるで地の底から響いてくるようだった。健太の背筋に冷たいものが走った。

 

「お前が犯した罪は、日本の法では裁かれなかった。だが、真の裁きは逃れられない。この部屋から脱出できるかどうかは、お前次第だ。」

「何!? 何だよ、ふざけんな! 誰だ、お前!?」

健太は叫んだが、男は薄笑いを浮かべるだけだった。

「私の名はジグジグ。鍵を探せ、健太。鍵はお前の体の中にある。」

「は……? 体の中?」

テレビの画面が切り替わり、今度は部屋の全体を映す映像が流れた。

驚くべきことに、それはリアルタイムの映像だった。

健太が映っている。

ナイフを握りしめ、怯えた表情で立ち尽くす自分が。

画面の隅には、赤い文字で「LIVE」と表示され、視聴者数が刻一刻と増えていく。100、500、1000……。

 

誰かがこの悪夢を見ている。

いや、見せ物にされているのだ。

「ふざけるな! 出てこいよ!」

健太は鉄の扉を叩いたが、びくともしない。

 

ジグジグの声が再び響く。

「鍵は5つ。だが、本物は1つだけ。残りはダミーだ。ナイフを使って、自分の体から取り出すんだ。時間は限られている。制限時間は30分だ。この失敗すれば……まあ、想像できるだろう?」

画面が再び切り替わり、健太の体のX線のような映像が映し出された。

右腕、左太もも、腹部、胸、首――5つの箇所に、鍵の形をした影が埋まっている。

健太は息を呑んだ。冗談ではない。こんなことを本気でさせるつもりなのか?

「嫌だ……こんなの、できるわけねえ!」

彼は叫んだが、ジグジグの声は冷たく続けた。

 

「選択肢はない。始めなさい。世界が見ているぞ。」

視聴者数はすでに1万を超えていた。

コメント欄には、罵倒や嘲笑、果ては激励までが流れ込んでくる。

「死ね」「やれよ、早く」「これはヤバいなw」「生き残れよw」と。

健太の胃が締め付けられるように痛んだ。あの夜、女の命を奪ったときも、こんな感覚だった。

 

だが、今は自分が獲物だ。

ナイフを手に取ると、刃の冷たさが掌に染みた。震える手で、自分の右腕を見つめる。鍵はそこにあるという。

皮膚の下、筋肉の奥に。切り開くなんて、考えただけで吐き気がした。

だが、ジグジグの声が頭の中で反響する。

「時間は限られている。」

「くそくらえ……!」

健太はナイフを握りしめ、右腕に刃を当てた。

皮膚が僅かに裂け、血が滲む。

 

「ひぎィィィィッッッ!!」

痛みが脳を突き刺し、彼は歯を食いしばった。

視聴者数は2万に達していた。

コメントはさらに加速し、「もっと深く切れよ」「ビビってんじゃねえ!」と煽る声が画面を埋め尽くす。健太は叫びながらナイフを押し込んだ。

「おごぉあああっ!!」

肉が裂ける音が耳に響き、血が床に滴り落ちる。

指先で傷口を探ると、硬い金属の感触があった。

 

鍵だ。

 

だが、本物かダミーか?

 引き抜く瞬間、激痛が全身を駆け巡った。

「ああああっ!!」

血まみれの手で鍵を握り、床に崩れ落ちる。

鍵は錆びた古いもので、まるで何十年も体内にあったかのようだった。

「ハァッ!ハァッ!これか……これが本物か!?本物であってくれ!」健太は叫んだが、ジグジグの声は冷たく答えた。

 

「まだ4つ残っている。急げ、健太。時間は待たない。死ぬぞ。」