「こんにちはーっ!」
「こんにちは。」
山にハイキングに来ると先輩は陽気に挨拶をする。そして、こう言った。
「山ですれ違う人には元気に挨拶をしとくんだ。そうする事で印象強くして万が一遭難した時に発見されやすいんだ。」
なるほど一理あるなと思ったが最初から遭難する事を前提にしてるのかと思うと多少戸惑う所はあった。しかし、装備が十分であっても相手は自然だからどんなプロでも些細な事で遭難する事もある。
こんな趣味で低い山に登るにも気を引き締めなければならなかった。
「あれ?こんなルートあったかなぁ?」
先輩がふと足を止めたのは分岐点。獣道のようなルートがある。
その先には
『入るな!危険!』
と書かれていた。
「こっち行ってみようか?」
先輩が意気揚々と歩き出す。さっきまで遭難云々言ってあた人が危険と書かれたルートを選ぶなんてと呆れてしまった。
「先輩!入るな危険って書いてありますよ!ルートを外れてたりしたら遭難した時に見つけられなくなりますよ!」
そう言うと先輩は獣道の先を見る。
「ん~…どんな風に危険なのか知りたいじゃん!もしかすると誰かの落書きかもしれないし、行ってみる価値はあると思うよ!」
「でも……」
何となく嫌な感じがして行きたくなかった。ルートが危険なのではなく熊が出るとかじゃないのかと思ったからだ。
「迷わず行けよ!行けばわかるさ!」
と先輩は歩き出す。本当に好奇心に駆られている。不安に思いながらも仕方なく後ろをついて行く。先輩に何かあったら大変だからだ。
特にルート的には足場も悪くなく平坦な道が続く。入口は獣道だったが中程まで来ると結構整備はされていたようだ。
「お!これは穴場かもしれないよ!もしかすると秘密の松茸スポットがあったりして…。」
先輩がウヒヒと笑いながら歩いていくと道の先から人影が見えた。
「誰か来ましたよ…」
それは女の人で白いワンピースを着ていた。とても山登りするような服装じゃなかった。
「ほら、やっぱりこの先に何かあるんだよ!こんにちはーっ!!」
先輩が挨拶をしても女性は見向きもせず、俯きながらヨタヨタと歩いてくる。
「こんにち…」
先輩が再び挨拶しようとしたら固まった。女性は靴を履いておらず裸足だったからだ。それは明らかに異様な姿だったと思う。先輩もそれに気付いたのかこっちを見て青ざめていた。
「今の人…おかしいよな?」
「うん。なんでこんな山の中で靴も履かないで…」
そう言って振り向いたら女性の姿が忽然と消えていた。これはヤバイと直感した。
「ヤバイよ…気付かれたかもしれない…」
私がそう言うと先輩は唇を震わせながら無言で頷く。
あれは見えてはいけないモノだったのだ。いや、見えていたとしても決して反応してはいけないのだと。
ジャリと音がしたと思うとまた道の先からさっきの女性が歩いてくる。後ろに消えていったのにまた前からヨタヨタと歩いてくる。
山で出会うのは必ずしも『生きてる人間』だけではないんだと思った。