【 エッセイ 】 汲み取り屋 のおっちゃん

汲み取り屋 のおっちゃんの話

汲み取り屋 のおっちゃんはヒーローだった!

 子供の頃、家のトイレと言えばボットン便所だった。ウン〇コをするとその物量に応じて『おつり』がやってくるやつだ。祖母の家は外にトイレがあり、勝手口から出て歩いたところにあった。薄暗い裸電球が怖かった。

 波トタンで作られた扉を開けて輪っかに金具を引っ掛けるだけの簡素な鍵をかけて振り向くと広さ3畳ほどの部屋の真ん中に穴が掘られていて、その上に便器が乗っかってるだけのものだった。その下はすぐに便槽で子供であれば体がすり抜けるほどの大きな開口部は恐怖だった。

 それを跨ぎウン〇コをするとかなりの確率でバッチャーン!と盛大に尻に跳ね返ってきた。

 当然汲み取り屋が来て便槽の中の糞便をバキュームカーで吸っていくのだが、それに携わるおっちゃんがすごくかっこよく感じていた。非常に寡黙で作業服をいつもピシッと着ていた。

 普通ならば顔をしかめる臭いでもおっちゃんは表情を崩さずホースの先を見つめていた。その仕事ぶりがかっこよくて憧れていた。いつか自分もおっちゃんみたいになりたいと思ったものだ。

汲み取り屋

 いつもバキュームカーが見えると玄関を飛び出しおっちゃんの仕事を横で見ていた。するとおっちゃんは

「臭いだろ?」と言った。私はウンと頷くとおっちゃんはニコッと笑った。あの寡黙で渋いおっちゃんが笑ったのだ。とにかくかっこよく私の中ではヒーローだったのだ。

 おっちゃんが仕事を終えてバキュームカーを走らせると私はその後ろを全力で走って追いかけた。

 BGMは井上陽水の『少年時代』だろうか。

 あれから何年も過ぎて超ド底辺労働者となった。決まった休みもなく祝日もない。       

 人からは汚いと蔑まされ、ああはなりたくはないと失笑される仕事かもしれない。

 でも世界の殆どはそういう人がやりたくない仕事をしている人達のおかげでストレスなく社会生活を送ることができているのだと思う。私もその数あるうちの小さな歯車だ。

 だがその小さな歯車一つ欠けたら大きな歯車は回らないのだ。

 金持ちにはなれない。人からも尊敬されない。自分らしくは生きられない。人からは指差され笑われる。

 それでも誰かの生活の役には立っているし、なくてはならない仕事だ。

 大人になってからおっちゃんの言ったことがわかった。

「これ、おっちゃんの天職だからな」

 おっちゃん、かっこよかったよ!私もそういう言葉が言えるような人生になりたいと思います。