第11話:折れた希望
7月。七夕の吹き流しが風に揺れるアーケードはビールやチューハイの空き缶が散乱し、佐藤龍也のデモ隊がプラカードを持って騒いでいた。
その横を足早に通り過ぎる会社員達。
朝早くから営業している定食屋はメニューを絞り、おばちゃんが鍋をかき混ぜる。
「起きるか起きないかわからないことで騒ぐなんてね、無意味だよ。」
そう呟きながらお椀に味噌汁を注いだ。
悠斗は味噌汁を飲み、ご飯をかき込む。スマホには気象庁のデータが映し出されていた。
「なぁ、悠斗。お前本当に太陽フレアでEMPが起きるなんて考えているのか?お前までデマに便乗して一儲けしようなんて考えてないよな?」
拓也は目を細めながら悠斗を見つめる。
「別に…俺はただデータに基づいて予測してるだけだ。だけど太陽フレアで津波は想定していない…佐藤も彩花も津波がどうとか言ってたが…」
悠斗はスマホの画面をタッチしてスライドしていく。
そしてふと指が止まった。
「太陽フレアで…EMP…通信障害…いや、太陽フレアの電磁波でもしかすると…」
悠斗はさらにスマホで調べ始める。
「おいおい、早くしないと遅刻するぜ?」
拓也が焦らすと悠斗は何かに気付いたように動きが止まった。
「拓也、大規模太陽フレアで発生した電磁波で局地的な豪雨が発生するかもしれない…」
悠斗の言葉に拓也が吹き出す。
「おいおい、今度は豪雨?天気まで変わるわけないだろ?お前も少しは頭を冷やして普通に仕事しろって…」
拓也はやや呆れて肩を竦める。しかし悠斗は続ける。
「問題はそこじゃない。今年は太陽フレアの極大期にあたる。今まで想定していなかった規模の太陽フレアが発生する可能性が高いんだ。天候にも影響が及ぶ。世界各地で今まで経験したことのない豪雨が降るかもしれない…」
「へぇ、…それで?」
拓也は関心なさそうに訊く。
「通信障害や電子機器の損傷によりダムの機能が落ちる。すると水を放出できなくなり局地的な豪雨によってダムのキャパを超えてしまう…つまり、決壊の可能性が高くなるんだ。」
「ふぅん、そうなんだ?」
拓也は珈琲を飲みながら適当に相槌を打つ。
「世界最大のダム、三峡ダムが決壊するかもしれない…。」
「お前、それ本気で言ってんのか?そいつは凄い話だな!」
拓也は笑いながらスマホを弄りだした。
「それだけじゃない…あくまで仮定の話だけど、もし核を搭載した原子力潜水艦が潜行していた場合、電子機器の損傷などで誤作動が起きて海中で爆発を起こす可能性だってある。それが津波の原因となることだって」
「おいおいおい!お前小説書けんじゃね?ベストセラー作家目指せよ!EMPにシェルターにSFに…お前最近どうにかしてるぜ?」
拓也は全くとりつく暇がなく悠斗の肩を叩く。
「彼女にフラれたショックはわかるけどさ、そろそろ趣味を変えたらどうだ?」
そう言うと拓也は店を出ていった。
「でもデータは本物なんだ…。」
悠斗は呟くと味噌汁を飲み干した。
アーケードは華麗な吹き流しとは対照的にシャッターを閉めた店が多くなり、やや殺風景な印象だった。
歩く人々もかつての賑わいはなく、殺伐とした雰囲気の中で何かを警戒するように足早に歩いていく。
仙台駅の近くにある雑居ビルの一室に着くと自分の席に座る。いつものデータ入力の仕事だ。
部屋の片隅では拓也と同僚達が雑談を交わしている。
「お前ら浮き輪用意していた方がいいぜ。」と拓也の声が響く。
笑い合う同僚達は「バナナボートの方がいいスか?」と茶化す。
テレビでは総理大臣の石田が会見を開いていた。
「選挙公約としてぇ、国民の皆さまがにぃ、現金給付を検討しております。えぇ、具体的には一人2万円を給付したいと考えております。」
「日本が滅びるかもしれないのに2万円だってさ!呑気だよな!」
と拓也が言うと同僚達から一斉に笑いが起きる。
拓也は無言で業務に集中していた。
「領土問題で隣国が原子力潜水艦を配備しててもおかしくない…ありとあらゆる事態を想定しなければ…。」
勤務が終わり、すぐにシェルター建設に向かう。
ついにシェルターから完成し、食料、防災グッズを搬入していく。
「このスペースだと5人が限界か…。」
その夜、美咲に連絡したが全く応答することなく虚しく呼び出し音だけが流れた。
美和に避難を呼びかけるにも
「私は避難なんかしない…あの無力感はもう感じたくないの…。」と力なく答えた。
「美和、お願いだ!父さんの遺言を守りたいんだ!」
そう諭すも美和は首を横に振るだけだった。
「悠斗、幾らデータがあってもその通りになるとは限らないと思う。だってノストラダムスの大予言だって、2000年問題だって何にもなかったじゃない。」
「でも東日本大震災は起きた!」
「でも地震と予言は違うわ!」
2人の語気が強くなり、沈黙が続く。
お互いの息遣いだけが部屋に響く。
「美和…俺はもう家族を失いたくないんだ…頼む、一緒にシェルターに」
「いい加減にして!悠斗は父さんに囚われすぎよ!」美和はヒステリックに叫ぶと七夕の短冊を握り潰した。
「わかったよ、もう…」
悠斗は肩を落とし部屋に閉じこもった。
ニュースでは佐藤龍也の救命船が放火され燃えていると報道している。そして怒り狂う佐藤龍也の姿があった。
「信じられないクソですよ!せっかく用意した船が台無しだ!!本当にクソ!野蛮人を助ける必要ないんだ!」と激昂するがコメンテーターが笑う。
「でも政府の補助金受けてるって聞きましたけど?保険にも入ってるみたいですし内心嬉しいんじゃないですか?」
と笑うコメンテーターを佐藤が睨む。
運命の7月5日が迫る中で仙台の街は少しずつ瓦解していった。