第12話:崩れる砦
ゴミや空き缶が散乱する勾当台公園で亮太は立ち尽くしていた。
「ああ、終わったな…」と力なく呟いた。
2025年7月5日。
七夕祭りに賑わう仙台となるはずであった街は混沌としていた。
「とあるネットの書き込みによってパニックになっていますが、気象庁からの発表によりデマだと証明されていますので市民の皆様は正しい情報を確認してください。」とニュースキャスターは言っているが悠斗はため息交じりにスマホのニュースアプリを見ていた。
すると一つの記事が目に入った。
『予言をした仙台市の50代女性自宅で倒れているのが見つかる。心臓麻痺か。』
それは彩花の死だった。
「彩花が…死んだ?」
これによりネット掲示板では予言は彩花の死とリンクしていると燃え上がり、コメント欄は「予言は嘘だ」「政府の陰謀によって消された」「自分の死がわからない予言者www」と様々な意見が書き込まれていた。
悠斗はシェルターへと戻り最終チェックを行う。
「今日の午後4時18分だ…。」
街は食料を求める人々が殺到し、高値で売りつける転売屋、陰謀論を声高に叫ぶ人達、閉店した定食屋に並ぶ会社員達。
「無事に乗り切ったとしても…元の生活に戻れるのか?」
悠斗は不安に駆られながらもチェックを進める。
「へぇ、ここが噂のシェルターか。」
突然の声に驚き入り口を見るとシニカルな笑みを浮かべた拓也が立っていた。
「拓也!」
「そんな驚くなって。毎日どこに通っているのか気になってな。本当にシェルター作ってたんだな。へぇ、上出来じゃないか。本格的だな。」
拓也はシェルター内を歩きながら見回す。
「拓也、頼む。俺と一緒に避難してくれないか?」
悠斗の頼みに拓也は一瞬考える素振りを見せるが小さくため息をついた。
「悠斗、俺はな、世界がどうなっていくのか見届けたいんだよな。東日本大震災で俺は日本が終わると思ってた。でも立ち上がってここまで来れたんだ。だからお前が言うような事が起きたとしてもまた立ち上がれると信じてる。」
拓也はシェルターから出て眼下に広がる住宅地を見つめた。
「俺は街で暮らす。これからもだ。もし、何も起きなかったらシェルターから出てきたお前を指差して笑ってやるよ。でも本当に破滅が来たら、お前がその歴史を伝えていくんだ。」
「拓也…。」
「そんな顔すんなって。お前が東日本大震災が起きたメカニズムを解明しようとしてるのは分かってる。データに執着して、何もかも犠牲にして研究に没頭してる。お前のそういうところ嫌いじゃないぜ。」
拓也は片手を上げると背を向ける。
「亮太のフェスも終わって、佐藤の船も沈んだ。本当に災害が起きるとわかっていても結局はこうなるんじゃね?」
そう言って立ち去っていった。
拓也の背中を見送ると時計を見る。
「15時か…あと少し。」
悠斗は残りの作業に取りかかった。
「ぐっ!?」
突然背中に強い衝撃を感じた。前のめりに倒れると上から抑えられた。
何かを叫んでいる。日本語ではない。
複数人の男が現れて悠斗に暴行を加えてシェルターから食料を抱え込んで出てくる。
「や、やめろッッッ!盗む気か!?」
悠斗は飛びかかるが軽くいなされさらに強い暴行を受けた。
「ぐ…げふ…」
悠斗は仰向けに倒れたまま動けなかった。男達は食料を全て奪い去っていった。
「ち、ちくしょう…」
悠斗は体を起こしてフラフラと歩きシェルター内を見回す。
食料も機材も盗まれ、様々な物が散乱していた。もうすでに時間も無い。
転がっているラジオのスイッチを入れる。
仙台の街は混乱し破壊行為や略奪、窃盗が相次いでいた。
警察が出動するも規模が大きく対応できていない様子だった。
「市民の皆様!冷静になってください!災害は予測不可能です!落ち着いて行動してください!繰り返します!」
パーソナリティの声が虚しく響く。
「そうか、災害が起きるとわかっていたとしても…不安や焦りが俺達を化け物に変えてしまうんだ…」
悠斗は震えながら立ち上がりシェルターの鉄扉に手をかける。
空を見上げるとオーロラが見えていた。
仙台の街では多くの人達がオーロラに見入った。
「綺麗〜!」
あちらこちらからスマホカメラのシャッター音が鳴り響く。
そして佐藤龍也はYouTubeで持論を展開していた。
「もう日本人はアホばっかですよ!貧乏で卑下しい連中しかいませんね!本当にクソ!」
─午後4時18分。
ラジオにノイズが入ってくる。
YouTubeの配信が途切れ途切れになり、配信が止まる。
「あれ?ネット繋がんねーじゃん!?」
「隕石なんか来なかったな?佐藤なんて嘘つきのクソじゃん!」
「津波まだー?」
「人工地震どうした?」
「予言なんて当たるもんじゃねーよな」
「明日会社休みになんねーかな?」
「亮太のフェスまだやってんの?」
「EMP野郎いなくなったよな?」
「外国人が集団強盗してるってよ!?」
「食糧配給とか」
「オーロラとかマジやばくね?」
「スマホ繋がんないんだけど?」
「ラーメン食いてぇ…」
「信号機めっちゃ点滅してる」
「電車運休だってよ」
「未知のウイルス広がるってマジ?」
「魔法少女が街で暴れてるって!」
「あー…」
「交通事故ヤバい!」
「陰謀論だよね?」
悠斗は震える手で静かにシェルターの鉄扉を閉めた。
闇と静寂が広がり、鍵をかける音が何度も室内にこだました。
終わり