10.鋼鉄の処女

「ぐへぇっ!!がっ…!!」
蹴り飛ばされたイルーヴォ王妃は勢い余り鋼鉄の処女の針に深く突き刺さった。

目の前が真っ白になる。
すると憎き義母や姉達の顔がイルーヴォを見下ろしていた。
「うふふ、いい気味だわ!」
「私達を処刑した罰が下ったのよ!」
「この灰かぶりが!」
親に棄てられ、誰からも愛されずに育った。愛され方も愛し方もわからない。ただ、心の中で膨らむ増悪だけが自分の存在を肯定していた。

「私は…奪われるのはもう嫌だ…なら、奪う側になろうとしただけ…それなのに…また奪われるなんて…」
イルーヴォ王妃は震える右手で焼けただれた左半分の顔を触る。
「顔も奪われ…幸せも奪われ…命までも奪われるなんて…私は…」
シュクレンに手を伸ばす。
「…あなたは…奪うことばかりで与える事をしなかった…だから…奪われるしかなかった…もし、あなたが向けたものが…憎しみではなく、感謝だったら…ここにはいなかった」
「か、感謝などと…がは…」
イルーヴォは思った。自分には無かったもの。それは至って普通の幸せだった事。
家族が笑い合い、団欒を楽しむ普通の幸せが妬ましかった。自分の卑下しい感情が国民からそれらを奪ってしまった。
権力を得て誰も自分を理解しようとしてくれる人はいなくなり、美しい容姿だけに人々は媚へつらっていたのだ。
顔を失った事で人々の心は離れ、孤立し心は暴走したのだった。

「イラ…ララ…私…が…まさか…がはっ…こんな…」
激しく動いていた心臓が少しずつ動きを弱めていった。
「イ…ラ…ララ…」
イルーヴォ王妃の目から光が消えた。
「終わったな!自らの宝物が棺桶なら満足だろうぜ!!」
クロウが大鎌の変化を解き体をほぐす。
「…クロウ…まだ…終わってない…私の…話…」
シュクレンは目を細めて睨む。
「あ?なんだ?てかお前そんな表情出来るようになったのな?」
クロウは焦り目を逸らす。
「あ…それより…テレッサ…」
シュクレンが倒れているテレッサの方を見る。するとクロウが周りを確認する。
「おい、おかしいぞ…不浄セカイが崩壊しねぇ…まだ不浄が他にいるってのか?」
クロウはイルーヴォ王妃を見るが完全に息絶え微動だにしていない。それは停止している心臓を見れば明らかだった。

「…まさか…テレッサが?」
「かもな。ここで生きてるのはあいつだけだ。もっともにして虫の息だがな。お前に介錯する覚悟はあるか?」
「…う」
シュクレンは困惑しながらも右手を差し出す。
「ふん、いい覚悟だ。死神ってのはいちいち不浄に同情してられねぇんだよ」

その瞬間鋼鉄の処女の扉が閉まった。

「!?」

鋼鉄の処女の鋳物がイルーヴォ王妃の顔に変わる。
「この死に損ないが!まだ終わってねぇ!!」
クロウが叫ぶ。
「…無機物と同化してる…」
「シュクレン!わかったぞ!元から不浄の魂はあの拷問具だ!数々の人の血を吸ったものだから魂を持ってしまったんだ!」
イルーヴォ王妃と同化した鋼鉄の処女はまるで生物のように表面に血管を浮き上がらせる。それが大きく脈打ち肉々しく変化していく。
「…こんな事が…」
「或いは無機物に乗り移るくらい女王様の想いが強いってことだ。これだけの不浄セカイを1人で作り上げる力があるわけだからな。その強い想いを俺達が断ち切ってやろうぜ!!」
「…わかった。クロウ!」
シュクレンは大鎌を構えて腰を落とす。