15.羆

男達はいつの間にか寝息を立てていた。武三は座って銃を体に立てかけたまま目を瞑っている。
シュクレンは立ち上がり窓から外を見る。まだ真っ暗で何も見えない。
「…クロウ…」
その名を小さく呟くが雪が真横に飛んでいくだけだった。
無力感を感じていた。クロウという絶対的な主を失い、何にも出来ない自分が歯痒かった。
クロウが羆に飲み込まれる瞬間を思い出す。
デューンが咬みつかれ無惨にも振り回されていた時も何も出来なかった。
悔しかったがそれ以上に羆が恐ろしかった。以前キリコと共に不浄ワニのジャックと戦った時も同様に怖かったのだ。
しかし、ジャックの心が自分に流れ込んできた時にその恐怖感は薄れジャックを救いたいという気持ちになったのだ。
だが羆は違う。ただ貪欲に喰うことだけを強く想っている。凶悪なまで純粋で恐ろしいほど強く。
突然、武三が起きて銃を構える。
「来たぞ!」
男達が目を擦りながら起きると武器を持って周りを見回していた。
遠くで音がする。
「あの方角は…俺の家だな…」
男がそう言うと武三は少し考えた。
「何故ここに来ない…」
音はやがて別な家屋へと移っていった。
「今度は離れていったぞ。やったな…俺達がここにいるのをわかってないみたいだ」
「危なかったな」
男達はヒソヒソと話しているが武三は「やばいな…」と呟いた。
この事態を男達は気が付いた。
「おい…冗談だろ?羆がこんな事をするのか!?」
「おい、静かにしろ…いや、もう気付かれているから関係ないか。そうだ。羆は俺達がいる以外の家をぶっ壊してやがるんだ。信じられないようだが、羆の奴はとんでもなく頭がいいみたいだな…」
「あんな獣に殺されたくねぇ…!こんな場所とっとと放棄して逃げれば良かったんだ!!」
男は今にも泣きそうな震え声で叫んだ。
「ふん、お国の命令だったからな。武三…こりゃ覚悟を決めるしか無さそうだ…」
武三は静かに頷いた。そして、シュクレンを見る。
「お前は物陰に隠れているんだ。俺達が食われてたらなりふり構わず逃げるんだ。いいな!?」
「…わかった…」
シュクレンが答えると武三は頷き銃を構え、迎撃態勢に入った。
おそらくは最後となったこの家屋が残された。男達は壁に向かってそれぞれに武器を構え立っていた。

風が戸板をガタガタ揺らす音が部屋に響く。隙間風がまるで女の悲鳴のように鳴っていた。
「自分の女房の仇も取れないなんて…情けないもんだ」
「んだな…刺し違えても目玉の一つくらいは貰ってやろうや!」
「来たぞ!!」
武三の叫びと同時に壁がひしゃげ崩壊すると冷たい吹雪と共に巨大な羆がその姿を現した。
「うわぁぁぁぁっ!!!」
一瞬にして男の一人が前足で弾かれた。壁に叩きつけられた男の体は既に人の形を失っていた。
羆は前足を床に叩きつけると家屋が大きく揺れ嫌な音を立てて屋根から崩れる。
「うわぁ!体が挟まった!!」
崩壊に巻き込まれた男がいたが暗闇で何も見えない。悲鳴と怒号が飛び交い混乱を極めていた。
その時、耳をつんざくような銃声が響く。一瞬羆の動きが止まった。
しかし、怒号を上げると再び暴れ家屋の倒壊が進む。
もう1発銃が放たれた。それは羆の脇腹へ命中し、悲鳴のような声を上げると一目散に山の方へと走っていった。

「武三!どこ!?」
シュクレンは武三の姿を探す。
「ここだ…ここにいる!」
武三が暗闇から姿を現す。瓦礫にやられたのか頭から血を流していた。
「シュクレン…怪我してないか?」
「うん…武三…血が出てる…」
「大丈夫だ。ただの切り傷だ。大したことは無い。他に生存者は…?」