14.羆

「ところで…貞吉の奴随分遅いんじゃねぇか?」
先程漬物を取りに行った男が帰ってこないのだ。
「吹雪で見えなくなって迷ってるんじゃねぇだろうな?」
「まさか!通りの向こうだぞ?」
「この吹雪じゃ歩き慣れてても適わねぇや。俺が見てこよう!」
立ち上がった男は体に鈴を付けてござ帽子を被る。それを見て武三が怪訝な声を上げる。
「何をしている?その鈴は何だ?」
「あ?これか。熊除けだ。襲われちゃ適わねぇや」
「やめとけ。奴にとっては俺達は脅威ではなくただの餌だ。餌の在り処を教えるだけだ。外してけ。逆に音を立てないようにな」
武三の言葉に男は鈴を外した。
「ただの餌か…へへ、そうだな…」
男は表情を曇らすと外を確認して吹雪の中へ消えていった。
するとすぐに血相を変えて戻ってきた。
「やられた!血が…山の方へと続いていた!!」
「なんだって!?何にも音はしなかったぞ…悲鳴すら聞こえなかった!!」
男達に不安が押し寄せる。羆は確実に自分達の周りにいるのだ。息を潜めて、餌である自分達が顔を出すのを待っているのだ。或いは一人ずつ確実に殺していく方法に変えたのか。
「じょ、冗談じゃねぇ!俺達はこうやって殺されていくのか!?あんな獣に人間が殺されるのか!?」
男の言葉に武三は首を振った。
「ここは元々あいつの領域なんだ。俺達は侵略者と同じだ」
「ならこっからもう逃げよう!!何も殺されるのを待つ必要はねぇ!!」
「この吹雪の中飲まず食わずで2日間歩き続けられるか?ましてや雪の中だ。足腰にも来るだろう。若いならまだしもこんな爺ばかりいたんじゃ話にならねぇ…」
武三は囲炉裏に薪をくべながら努めて冷静に言った。
「くっそーっ!!」
大声を上げる男に武三は視線を向ける。
「大声出したところで何にもならなぇ。変に奴を刺激して死を早めるだけだ。静かに座っておけ。それと夜が明けたら奴に奇襲をかける。さすがにこれだけ活動していたら奴も疲れているだろう。それに相当な深手を負っている可能性もある。何故かはわからんがな…家屋の倒壊に巻き込まれたか…」
武三は一瞬シュクレンの方を見た。

「作戦はこうだ。奴の巣は山頂付近にある。風も当たらず雪も吹き溜まらない場所がある。お前達は風上から松明を持って奴の注意を引いてくれ。俺は風下から近付き奴の顔面に鉛玉をぶち込んでやる」
武三の指示に各々頷く。
「それから弾は7発しかない。最初の一撃を外したらもう後は無いと思ってくれ。動いてる奴の頭を撃ち抜くのは難しい。もし外したら深追いはしない。散り散りになって逃げるんだ。真っ向勝負をかけるよりも生存率は高くなる。その代わり…」
次の言葉が出てくるのを男達は予測していたように唾を飲み込んだ。

「誰かが犠牲になるがな…」