夜になると昼間の喧騒とはうってかわり街は冬の空気のように冷たく張り詰めていた。
「痛ぁ…」
リスティは昼間にテレッサに叩かれた顔に軟膏を塗っていた。
「どうして…叩かれたの?」
シュクレンが問うとリスティは少し間をおき考える。
「ん…お母さんの言うこと聞かなかったの、リスティが悪いの」
リスティは鏡を見ながら答えた。その顔は痣や腫れもあって酷い顔だった。
日々の虐待が絶えないのだ。
しかしシュクレンはテレッサがなぜリスティに暴力を振るうのかわからなかった。血が出るほどに叩く理由がわからなかった。
だがそれ以上この小さな子供に聞くのは無理だと思った。
子供は親のすることになんら疑問を持つことはない。
シュクレンはなぜかその事はわかっていた。胸の奥がチクチクと痛む。
しかし、テレッサの作ったスープはとても美味しかった。
一見簡素なスープだが手間暇をかけて作られていた事はよくわかっていた。そしてスープを飲むリスティを見ていたテレッサの目は深い愛情に満ちていたように思えたのだ。
「リスティ…おやすみ」
「うん!おやすみ…あ、シュクレンにこれあげる!」
引き出しから綺麗に輝くイヤリングの玩具を差し出す。
「…これは…?」
「お母さんがね、リスティのお誕生日にくれたの」
「…貰えない…大事なもの…」
シュクレンはリスティにイヤリングを返す。
「ううん、もらって!リスティには必要ないの。お母さんがお洒落してだめってゆーの。だから必要ないの」
「…なぜ?」
「お洒落するとね…連れて行かれちゃうんだってさ」
「…どこに?」
「この国のおっきなお城…」
それ以上リスティは何も言わなかった。
そしてシュクレンの耳にイヤリングをあてがう。
「シュクレン可愛いよ!すごく似合うよ~!」
リスティは音を立てないように拍手しながら笑顔を向ける。
「…ありがとう」
「シュクレンは笑わないんだね?女の子はね、笑うと可愛いんだよ!」
「笑うと…可愛い?」
「うん!だからシュクレンも笑うといいよ!」
シュクレンは不思議に思った。
リスティはなぜ笑えるのだろう?
女の子なのにこんなに痣だらけになる程に母親に叩かれ辛くないのだろうか?
そして笑う事とはなんだろうか?と改めて疑問に感じた。おそらくはこの“デスドア”に生まれてから一度も抱いたことの無い感情だった。
「…おやすみ」
シュクレンは布団の中に入っていく。
「あー!シュクレン照れてる!」
リスティがまた笑う。
シュクレンは起きるとリスティを布団の中に引き寄せた。
「…うるさいのです」
「うふふ、ごめーん!」
シュクレンはリスティを抱き寄せる。なぜかそうしたかった。とても温かく心地よかった。
「シュクレンいい匂いする」
リスティもシュクレンに身を寄せる。
二人は深い眠りに落ちていった。
夢を見ていた。
薄ぼんやりとした人影が目の前にいる。顔は見えないが口元が動き何かを言っている。
シュクレンは起き上がろうとするが体は動かない。ベッドに横たわる体には鎖が何重にも巻かれていた。
(た、助けて…)
そう言葉を発しようとしたが全く声が出ない。それどころか口すらも動かなかった。
「…ねばいい」
人影が何かを言っている。その口調は何かを読み上げるように抑揚がなく冷たく感じた。
「…いのに」
徐々に遠くなったり近くなったりする。
シュクレンの意識は遠くなり、その人影も声も聞こえなくなっていった。