夜になっても魔女狩りは慌ただしく行われた。煌々と松明の炎が街を照らし何人かの悲鳴や怒号が路地に反響する。
この国にはもはや安堵する場所も時間もないのだ。
「シュクレン…こっちへおいで」
クリスが手招きする。そして髪に何かを塗る。それは酷く匂う液体だった。
「これで髪の色を変えるのよ。国の住民と違う髪は魔女と間違えられてしまうの!」
「これ…何?」
シュクレンは匂いに顔をしかめる。焦げ臭いのと腐敗臭が混ざったような酷い匂いだ。まるでタールのような液体を櫛でとかしながら塗り込んでいく。
「木の樹液を煮て抽出した液よ。大丈夫、時間が経てば落ちるから。魔女でもないあなたを巻き込むわけにはいかないわ。女の子の髪にこんなの塗られるのは辛いだろうけど我慢してね。絶対にこの国から逃がしてあげるから」
塗り終えて簡素な食事をとる。欠けた食器の上に一つのパンが置かれている。
「シュクレンは何しにこの国に来たの?」
クリスの瞳にろうそくの炎が映されて光が揺らいでいた。
「旅をしているの…終わりのない旅…」
シュクレンは硬いパンを千切る。
「へぇ、じゃいろいろな国に行ったのね?」
「うん…」
パンを口に運ぶとやけに埃臭い味がした。
「羨ましいな。私は生まれてからこの国から出たことないの。でも嫌いじゃなかったわ。とても暮らしやすかったのよ。信じられないだろうけど…」
クリスがため息をつくとろうそくの炎が大きく揺れた。
「この国は狂ってしまった。以前は魔女も国民も普通に接していたのよ。もちろんダン国王も今のように魔女狩りなんてしなかった…むしろ魔女を歓迎していたの。あ、ごめんね。シュクレンには関係ない話なのに…」
「ううん…いいの」
パンを頬張ったシュクレンは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「うふふ…美味しくないでしょ?ずっと保存していた小麦で作ったから…以前は小麦がよく採れたのよ。今はもう小麦畑で働く男達がいなくなってしまったから…食後は少しでも眠りましょう。明日、シュクレンをこの国から逃がしてあげる!」
「クリス…ダメ…私逃げられない…」
シュクレンは首を横に振るとクリスの表情が変わる。
「どうして?」
訝しげに思ったクリスは尋ねるがシュクレンはうつむいたまま何も言わなかった。上手く言葉が口から出てこない。
「もし…見つかったらクリス大変…」
クリスを見ると笑っていた。
シュクレンはその表情にハッとする。
「大丈夫よ。私は魔女の末裔。いざとなればなんとかなるわ。そんなに強い魔法は使えないけど…」
「クリス…笑ってる…なぜ?」
クリスはシュクレンの両頬に手を添える。
クリスは少し驚いたような表情をしてシュクレンを見つめた。
「人は辛い時でも笑えるの。そして不思議と楽しい気分になるのよ。シュクレンも笑うといいよ」
「私…笑えない…笑い方わからないの…」
「私も昔はそうだったわ。笑おうと思っても笑えないのよね。笑顔はね、自分が楽しくなる他に誰かに勇気や希望を与えるの。だからシュクレンもいつかきっと笑えるよ。誰かのために!」
「…クリス…ありがとう」
その夜。
部屋で寝ているとカラスが窓の外にいてクチバシで窓を小突いた。その音に目を覚まし窓に駆け寄る。
「…クロウ…」
窓を開けるとクロウが中に入る。
「死神の数が半端ねぇな!」
「…あのカラスは…全部?」
「ああ、全部俺達の同業者だな。そもそも不浄セカイにカラスは存在しねぇ。いるとしたらそいつは死神だ。中にはソウルイーターもいる。一つの不浄セカイにこれだけ入り込めるという事はそれだけ強大な不浄の魂という事だ。或いはそれを望んでいるのか…」