5.夏の思い出

「シュクレーン!そいつから離れろ!不浄はそいつだ!!」
空から猛烈な勢いでクロウが降りてくる。そしてすぐにシュクレンの前に降り立つ。

「…クロウ」
「このセカイを構築したのは奴だ。記憶が戻ってきたようだぜ!記憶が戻った不浄ってやつは総じて…」

「嫌だ!消えたくない!消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない!!」
亮太は頭を抱え下顎を震わせ目が左右に泳ぎ出す。

「抵抗を始めるもんだ!」
クロウの言葉の後に蝉の声が一瞬にして鳴き止み、青い空が灰色に変化する。

「俺様の名を叫べ!シュクレン!」
「クローウッ!!」
クロウがシュクレンの右手に留まると黒い光を発しながら巨大な鎌の姿へと変化する。シュクレンの髪が触覚のように3本立ち上がり、服に黒い紋様が現れ死神装束が纏わられた。

「うおあああっ!」
亮太が声を上げると空間がビキビキと音を立てて歪む。そして、一瞬縮むと一気に大きく膨れ上がり空間が弾けるように広がった。

「…これは?」
「不浄セカイをこれほど歪めてしまう想いの強さか!?こいつは、少々厄介かもしれないぜ…!」
神社の鳥居が幾つも並び回廊のように伸びていく。

「シュクレン~かくれんぼしようよ~…」
亮太の声はするが姿は見えない。声が反響し髪を震わせる。

「…亮太…?」
シュクレンは大鎌を構えたまま周りを見回す。触覚のように立ち上がった3本の毛がセンサーの働きをし、亮太の動きを探る。

「おれは消えたくない…魂は永遠なんだろ?だから永遠におれはばあちゃんと一緒に暮らすんだ…これからもずっと…」

「…亮太…それは…できない」
一瞬後ろを駆ける音が聞こえて振り向くが姿がない。

「どうしてできないの?」
抑揚の無い亮太の声。

「…魂は…浄化…する。それが私の…死神の仕事だから」
シュクレンは立ち上がった髪の毛で亮太の動きを探るが気配が全く感じない。
「嫌だ。浄化されたらばあちゃんとの思い出も消えてしまう…そんなの嫌だ!!!おれは!!ばあちゃんとずっと!ずっと!!ずっとずっとずっとずぅぅぅぅぅっとっ!一緒にいるんだ!!!!」
亮太の怒号に合わせて空間が心臓の鼓動のように震える。
ビリビリと空気が頬を叩くのを感じた。

「シュクレン。おれたちは友達だよね?」
「…トモダチ…」
「友達なら…おれたち家族を放っておいてくれよ。このままそっとしておいてくれよ!おれたちは何も悪さをしてないじゃないか…ただひっそりと暮らしてるだけなんだよ!!おれはばあちゃんと暮らしてるのがとても温かくて心地よいんだ。幸せなんだよ…だから邪魔をしないでくれよ」

「…カゾク…温かい…カゾク」
「友達同士なら傷付け合うことはしないだろぉぉぉぉぉっ!!!」
亮太の怒号に思わず身をすくめる。

その瞬間、木の葉が凄まじい勢いで舞いシュクレンの頬を掠めると鋭い刃のように肌を切った。うっすらと血が滲み始める。

「う…亮太…お願い…わかって…戦いたくない」
「戦いたくない?そうならおれ達をこのままにしてくれよ…シュクレンさえいなくなればおれ達はずっと幸せに暮らせるし…シュクレンだって傷付くことはないんだよ…そうだろう?」

しばらく沈黙が続く。

「それは…できない…」
「ふーん…そう。なら傷付ける!!」

突然鳥居の向こうから強い風が吹いてくると一瞬にして複数の切り傷を全身に負った。
「う…風が?」
「シュクレン!気を付けろ!こいつはかまいたちってやつだ!」
「…かまいたち?」

シュクレンはふと本堂に掲げられた鎌を思い出していた。