シュクレンは布団に入る。それはとてもフカフカして温かいものだった。
「…不思議なセカイ…」
「随分ご丁寧な接待されてるようだな!」
窓の外に死神カラスのクロウがいた。シュクレンは起き上がるとすぐに駆け寄る。
「…クロウ」
「おそらくは不浄はあの少年だ。試しに探りを入れてみろ。油断するなよ。不浄はお前の正体に気付いてない。不意打ちに気を付けろ。お前が眠っている間は俺様が見張ってやる。今はゆっくり寝て魂の力を回復させるんだ」
「…うん…あの…」
「ん?なんだ?」
「…昼間…鳥…追いかけてた?」
「ああ、トンビの奴か。昔からあいつを見るとイライラしてな…何となく追いかけなきゃ気が済まねぇんだ。なぜだかわからんがな…」
「ふーん…」
翌朝。
「シュクレーン!起きろーっ!」
亮太の元気な声にシュクレンは目を覚ます。窓の外を見るとクロウの姿はなかった。空はまだ薄暗い。
「うう…朝…早い……」
ボサボサの髪を手櫛で整える。すぐに着替えて外に出ると亮太が満面の笑みで庭に立っていた。
足元にはラジオが置かれていた。
「ラジオ体操だよ!夏休みはラジオ体操しなきゃならないんだぜ!」
「…ラジオタイソー?」
ラジオから流れる軽快なピアノのリズムに合わせて亮太は元気にラジオ体操をする。シュクレンは亮太の動きに合わせてぎこちなく体を動かしていた。
「亮太…楽しそう…」
「ん?うん、楽しいさ!」
「…なんで?」
「夏休みだから!」
「…夏休み…楽しいの?」
「そりゃあ、楽しいさ!」
「…なんで?」
「自由だから!!」
ラジオ体操を終えると朝食を摂る。亮太とお婆さんは楽しそうに会話をしている。
朝食を終えると亮太はシュクレンを連れて秘密基地へと向かう。
「あれ?アイツら来てないなぁ。今日は誰も来ないのかなぁ…シュクレンを紹介しようと思ったのに…」
亮太は誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見回す。
「…誰か来るの?」
「うん?…うん、いつも友達が来るんだけど…おかしいなぁ」
亮太は困り顔で頭を掻くと気を取り直し虫かごからカブトムシを出す。
「これで虫相撲するんだよ!大きければ大きい程強いんだよ!」
「…この虫…黒い…大きい…」
それから川で釣りをしたり、蝉を捕まえたりと野山を駆け巡り遊んだ。
昼にはそうめんを食べたりした。
「これはね、こうやって麺つゆに浸けてから食べるんだよ!」
「…こう?」
シュクレンと亮太のやり取りをお婆さんは顔をほころばせて眺めていたが、その顔色は優れなかった。
「…おばあさん…大丈夫?」
シュクレンが気付くとお婆さんはすぐに元の笑顔になる。
「こう暑いと年寄りには堪えるからねぇ…心配してけでありがとうねぇ…」
しかし、額には汗が滲んでいた。小刻みに手が震えているのも確認した。
昼食を済ませ、亮太の案内で風切神社へとやって来る。
「ここはね!隠れんぼとかして遊ぶんだ。懐かしいなぁー…」
亮太の言葉にシュクレンは訊いた。
「…夏休みは…いつまで?」
「いつまで?…いつまで…ずっとだよ?これからもずっと…」
亮太の表情がみるみる曇ってゆく。
「亮太…思い出して…」
「思い出す?…何を…?」
「おばあさんも解放しないと…」
シュクレンは亮太を見つめる。
「い、嫌だよ…おれはばあちゃんとずっと一緒に暮らすんだ!」
空でカラスが鳴くと暑かった日差しが雲に隠れて大きな影ができた。
「おばあさん…苦しそうだった…」
「何がだよ!?ばあちゃんだっておれと一緒にいたいんだよ!ずっとこれからも!いつまでも!」
「…亮太…駄目…それは…できない…できないんだよ」
「嫌だーっ!!」
亮太の叫びで神社の木がざわめき出した。風が揺らぎ木の葉が落ちて舞っている。