3.死の迷走

「おかしいな…俺もお前みたいに記憶喪失かよ!何かおかしいな…疲れが溜まってるのかもしれないな」
純一郎は運転席に貼られている写真を見る。子供を抱いて笑みを浮かべている女性が写っていた。

「…それは?」
シュクレンは興味深く身を乗り出す。

「これは俺の家族だ。嫁と息子だ。俺はこいつらのためならどんなにきつい仕事も我慢できらぁ!」
純一郎は微笑んでいた。その笑顔は強面とのギャップでとても優しく感じた。

「…カゾク…?」
まるで鼻が付くのではないかというくらいに顔を近付けてじっくりと写真を見つめる。

「お前だって家族いるだろう?こんな夜中に山ん中歩いて…父ちゃんと母ちゃん心配するだろうが!やっぱり家出か!?」
「…カゾク…わからない。」
写真を見つめたまま答える。そして、写真に写っている子供を指差す。
「子供…純一郎に…そっくりだね」
「おうよ!こいつはいい大学に入れていい仕事に就いてもらうんだ。そして、こいつらしい最高の人生を送ってもらいたいと思ってんだよ」

「…サイコーノジンセイ?」

「はは、どうしようもねぇな。…しかし、この道こんなに長かったっけ?おかしいな…」
暗い道の先は何にも見えず、どこまでも続いていそうな不気味さがあった。

「…いつから走っていたの?」
シュクレンの問いに純一郎は一瞬不安を覚えた。

「いつから?そりゃお前…ん?いつからだ…昨日は…あれ?なんだ?俺どうしちまったんだ?」
純一郎の手は小刻みに震えている。

「…思い出して」
蒼い目が純一郎を見つめる。
まるで海のように深い蒼に純一郎は吸い込まれそうな感覚に陥る。

「思い出す?…何を?いや、思い出しちゃダメな気がするんだ」
眉間にシワを寄せて息遣いが荒くなる。心臓が大きく脈打ち体全体にその振動が伝わる。ゾワゾワと足元から虫が這い上がって来るような嫌悪感を感じた。

「あなたが…こうなる前のあなたを…」
シュクレンの言葉に純一郎は目を見開き、下顎を震わせた。カチカチと歯がぶつかり鳴っている。
「お前は…それを俺に思い出させてどうするってんだ!?俺は…俺は!!」
急に頭を鈍器で叩かれたような衝撃が走り背筋が瞬時に伸びる。視線は一点だけを見つめ口が力なく開いた。

「俺は…あ、そうだ…あの夜は雨降ってたんだ…で、山ん中で女がずぶ濡れになって歩いてた…そいつを乗せたんだよな…不気味な女だった…何も喋りやしねぇ…ただ濡れた前髪の間から歪んだ唇だけが覗いてたんだ…。それから…それからどうしたっけ?」
純一郎は脂汗を流し、全身を震わせていた。それによってトラックも大きく蛇行を始める。
「何を話しかけても女は何も答えやがらねぇ…幽霊じゃねぇかって思ったんだ…濡れた髪が顔に張り付いててよぉ…不気味だった…俺は乗せた事を後悔したが、女のいう街まで走り続けた…それから」
純一郎の顔が恐怖に歪み声が震えだした。