12.羆

「うわぁぁぁぁぁ!!おっかぁ!!」
「タエ!タエ!居たら返事してくれ!!」
男達は倒壊した家屋の中に入りそれぞれの家族の名前を叫びながら半狂乱になって瓦礫を除けていた。
後から追いついた武三が周囲を見回しシュクレンの姿を見つけると近付いてくる。
「生存者はお前だけか?」
「…たぶん。誰も…助けられなかった…」
思わず声が震えた。
「そうか…」
武三は家屋を見て、その周囲に広がる血の跡を見ていた。
「羆の血だ…それと…?ここで何が起きていたんだ?」
シュクレンは状況を説明しようとも思ったが上手く伝えることは出来ないと判断した。もっともにして死神という存在が知られた場合、不浄セカイに予測出来ない事態が発生する事も考えられたからだ。
「…何も知らない…」
シュクレンはそう答えた。今はこの不浄セカイから抜け出す方法を考えなければなかった。クロウがいなくなった今、頼れるのは武三だけだった。
この不浄セカイを形成してるのは羆ではあるが、武三もその一端を占めているのかもしれないのだ。
武三は羆に深手を負わせたが自身も致命傷を受けて先に死んだのだ。
羆の生への執着。武三の羆を討ち取る事が出来なかった無念の想いがこのセカイを作り上げている。

だが、武三が羆を討ち取った後、このセカイはどう変わるのだろうか?という疑問があった。
不浄セカイは魂の生前の記憶によって作られ死の直前までの出来事が繰り返されている。魂に自我はなく、永遠に死を繰り返していくのだ。
だがそこに入り込んだ死神は異物なのだ。デューンが言っていたように不浄セカイの終わりと共に自分も同じように解けていくのだろうか?
シュクレンにはその疑問を解決させる術はない。不浄セカイとデスドアとの橋渡しをする死神カラスがいないのだ。死神といえど、主である死神カラスがいなければ不浄と大差はないのだ。
武三は遺品を拾い集めている男達の所へ行く。
「ここから一切何にも持ち出してはならねぇ!」
武三の言葉に男達は固まった。
「なんでだ!このまま雪ざらしにしておけってのか!?」
思わず1人の男が声を荒らげる。その目は赤く充血し、額には血管が浮き上がっていた。
「もうこれは羆のものだ。下手に持ち出したら狙われてしまう。羆と真っ向から戦うのは馬鹿のする事だ。不意打ちでやらねぇとこっちの命も危ない」
「そりゃあ、わかるが…このままおっかぁ達を放っておくわけにはいかねぇ!!」
「もう死んでるんだ。暑かろうが寒かろうが何も感じない!今は生きてる俺達の事を考えるんだ!」
武三の語気が強まった事で男達は観念したのか手に持っていたものをそれぞれ地面に落とした。
「とりあえず、暖を取って体力を温存しよう。もう一度作戦を練るんだ」
武三は皆に背を向け歩いていく。シュクレンはその後をついていくが男達は不満そうにそれぞれ顔を見合わせた。