10.羆

「だが救済措置はある」
ブラックがシュクレンを見つめる。
「新たな主を見つける事だ。だが、それも運次第といった所だがな。お前はこの不浄セカイの終わりと共に魂に戻ってしまう。それを一旦我々が回収し、浄化の手続きを取る。その時に新しい主がお前を選べばまた死神として働く事ができる。その代わり浄化の処理を終えた後だから記憶の一切は失うがな」
ブラックの言葉にシュクレンは迷った。
一切の記憶を失うということはクロウの事も忘れるという事だ。
この胸に去来する喪失感でさえも失われてしまうのだ。

「シュクレンの辛さはわかるよ。だから少し時間の猶予を与える。共に消えてしまうか、再び死神として働くかはシュクレンが選ぶといい。シュクレンはよく頑張ったよ…」
デューンはシュクレンの頭を優しく撫でると羆が吹き飛んだ方を見る。
「ブラック様、羆の姿が見えません」
「んん?まだ雪の中に倒れているのだろう。あのダメージだ。しばらくは目を覚まさないはずだ。頭蓋骨すら粉砕したのだ。放っておいても死を迎えるだろう。デューン、お前の攻撃は見事だった!」
「ブラック様、お褒めいただき光栄です」
デューンは倒壊した家屋の方に行くと辺りを監視する。肉体が損壊し、無惨な姿となった女達の体から魂を採取していく。
「何度も殺されて可哀想…僕が今度は幸せに生きられるようにしてあげるね」
採取した魂を袋に詰める。

「クロウは相当なベテランだったのだが、あのような不浄に不覚を取るとは…カカカ、まだまだソウルイーターには程遠い三流死神よ!」
「…うぅ、クロウ…」
ブラックの言葉は殆ど耳に入らずシュクレンは項垂れ涙を流した。
もし、あの時に大鎌を離さずに反撃に出ていたならばクロウは食われずに済んだと自責の念に打ち震えていた。
「娘よ。お前の活躍は小耳に挟んでいた。死神の素質は十分にあるようだから、これからも精進してルシファー様に貢献されるがいい。現世に帰ったところで」
「…現世!?」
ブラックが不意に放った現世の言葉に我に返る。

…ドクン

「お前なんか産まなきゃよかった!」

…ドクン

「早く死ね!バーカ!」

…ドクン

「お前さえ生まれなきゃ!」

耳を塞ぎ、頭を激しく振る。延々と繰り返される嫌忌の言葉に打ちひしがれる。
「…現世に…帰りたくない…!」
「ふん、決定だな。デューン!そろそろトドメを刺して終わらせるぞ!」
「はい、ブラック様!」
デューンの背後から突然雪煙が起き、羆が姿を現した。
「ッッッッ!?」
デューンが振り向くと同時に肩から胴体右側にかけて咬みついた。

「ああああああっ!!!!」
「デューン!!!!」
ブラックがすぐに飛び羆の周りを飛び威嚇するが、デューンに咬みついたまま頭を振り回す。
デューンは力なく糸の切れた人形のように手足を垂らしていた。
「…デューン!」
シュクレンは無意識に右手を差し出すがそこにクロウの姿は無い。
「…う」
「仕方がない!娘よ!我の名を叫べ!!我が名はブラックだ!!」
「ブラック!!」
シュクレンが差し出した右手にブラックが留まった瞬間に全身の力が抜けて倒れた。

「ちっ!あの束縛者め!」
「…なんで?」
「死神の契約には必要な感情がある。あのクロウめがお前の感情に鍵をかけ、他の死神がお前の感情を引き抜けなくなっているのだ!自分以外お前を扱えないようにな!」
ブラックとシュクレンは愕然とし、羆に振り回されているデューンを茫然と見ているしかなかった。