9.羆

「…クロウが…食べられた…!」
シュクレンは雪の中に再び身を隠す。クロウを失った今、羆に対抗する術はなかった。
今まで抑えていた恐怖感が一気に押し寄せる。その身を震わせ耳を塞ぎ目を瞑った。
その時、体がフワッと浮き回転しながら飛ばされる。羆が雪ごとシュクレンを前足ではじき飛ばした。
幸いにも雪が緩衝材の役割を果たしダメージは無かった。
「ああ…クロウ!」
逃げようとするが足がうまく動かない。迫り来る羆がやけに遅く感じた。
鋭い爪を振り上げる。

もうダメだ!そう思った瞬間、目の前の羆が何かに弾き飛ばされるように視界から消えた。
「…え?」
「待たせたな!」
「キリコ!?…ち、違う…」
声がする方を見ると見慣れない少女が立っていた。髪は青く、もみあげより長く伸びた髪を束ねていた。その手には体よりも遥かに大きいハンマーを手にしている。
「ソウル…イーター?」
ハンマーが黒く光るとカラスの姿になる。
「我は死神ブラック!そして、こいつは従者のデューンだ!死神クロウより要請があり参上した!」
デューンは青い瞳をシュクレンに向ける。その表情は凍っているように無表情だった。
「おい!クロウはどうした?」
「ひ…羆に…食べられたっ!」
「なんだと?ふふ、ドジな奴だ。我らの到着を待っていれば死なずに済んだものを…!」

羆が呻きながらもその身を起こす。
「ふふ、デューンよ!我らの力を発揮する時だ!あの不浄の魂を滅せよ!!」
ブラックは再びハンマーへと姿を変えた。
デューンの手元から氷が作られハンマーの槌に氷の針が形成された。
あの巨大なハンマーを手にしているにも関わらずシュクレンの踏み込みよりも速く踏み込んだ。
「デューンは氷の死神!雪上の戦いには慣れているのだ!!」
デューンの一撃が羆の頭部を殴打し巨躯を浮かび上がらせた。鮮血が雪の上に飛び散り羆は体を半回転させて倒れた。
「デューン、決して容赦はするな!一気に畳みかけるぞ!!」
倒れている羆の頭部にハンマーを叩き落とす。
一度、二度、三度と叩き羆の上半身が雪の中へと押し込まれていった。
「…強い…!」
シュクレンはデューンの無類の強さに圧倒された。キリコもそうだったがソウルイーターというものは自分達ハンターとは強さの次元が違うのだ。
羆はまだ生きているのか背中を上下させ呼吸をしている。震えながらもその身を起こすと頭部から滝のように激しく出血していた。
「ふふ、そうでなくてはつまらん!デューン!!追撃だ!!」
デューンが再び突撃し間合いを詰める。羆の攻撃にハンマーを合わせ、爪とハンマーが激しく衝突し、衝撃波がシュクレンの頬にまで伝わった。
「…凄い…!」
デューンの鬼気迫る戦いにシュクレンも思わず見とれてしまう。あの恐ろしい羆を圧倒しているのだ。
羆の前足を駈け顔面にハンマーを叩き込む。デューンは顔色一つ変えずに二度、三度と殴打し体を回転させ、勢いをつけて叩き飛ばした。
羆の体は空中を回転しながら10m程吹き飛んだ。

「…た、倒した?」
ブラックはハンマーの変化を解きカラスの姿に戻る。
デューンの髪色が青から金髪へと変化した。
「終わったな。我らの敵ではない!」
ブラックは高らかに笑った。
デューンはシュクレンの方を見ると近付き手を差し伸べる。
「…あの」
シュクレンが戸惑っているとデューンは強引にシュクレンの手を握り力強く引き上げ立たせた。
「僕はデューン。あなたは?」
「…私は、シュクレン」
「シュクレン…主様を失ってしまったのは残念だね。あの不浄を完全に滅しこのセカイの終わりと共にあなたは一緒に消えてしまうよ…」
デューンの言葉にシュクレンは肩を落とした。