3.羆

村落に着くと男達が集まってきた。
「どうだ!?やったか!?」
各々に期待のような笑みが浮かんでいる。しかし男達の問いに武三は首を振る。男達は落胆の色を浮かべると大きなため息を漏らした。

「…そうか。ん?その娘は?」
男達の視線がシュクレンに集まる。
「ああ、山の中で迷ってたんだ。頭を打ったらしくてな…少し休んだら六郷町の診療所まで連れて行く…平太に行かせよう。平太はどうした?」
武三は集まった男達の中から平太を探している。
「ん?そういや今朝から姿見えねぇな?」
男達は顔を見合わせる。

「平太!平太!」
武三は名前を呼びながら集落の家に入って行った。
シュクレンも後を追うと武三が入口で立ち尽くしていた。その表情は何か恐ろしいものを見たように凝り固まっていた。
目の前には囲炉裏があり、その前に男の子が座っていた。
しかし、その頭部はなかった。
無造作に食いちぎられていた。
天井には血飛沫が飛び真っ赤に染まり滴り落ちていたのが凍っていた。恐らくは深夜過ぎに噛み殺されたのだ。
何かが侵入したであろう痕跡は壁に大きな穴が開けられ、そこには羆の足跡があった。

「平…太…」
武三は下顎を震えている。拳は固く握られ爪が食い込んだ手の平から血が流れていた。
ただならぬ武三の雰囲気に男達が家の前に集まる。その誰もが絶句し、呆然と立ち尽くした。

「お…おい…まさか…昨夜の内に?」
「悲鳴を聞いたか?」
「いや、何も…」
「一瞬で頭を食いちぎったんだ…なんて恐ろしい顎の力だ…」
「ちっくしょうぉぉぉぉっ!!!羆の野郎め!!」
武三は叫びながら壁を叩いた。突然の絶叫に男達の肩が飛び跳ねる。

「と、とにかく遺体を埋葬してやるべ…」
男の一人が近寄ると武三は制止した。
「いや、このままにしておく」
武三は涙声を抑えて低く言った。

「でも…」
「奴はまた戻ってくる。人の肉の味を覚えちまってるんだ。必ず来る!食い残したのなら尚更だ!次現れたら必ず討ち取ってやる!」
武三の目には強い決意の光があった。
男達は不安そうに顔を見合わせた。村落には銃を持っているものは少ない。
その銃とて長く使われていない。撃てる人もいない。
あの羆に太刀打ちできるのは老練な武三のみだった。
しかし感情的になり冷静さを欠いてしまったらどうなるかは想像できた。
武三は昔から酷く短気で一旦頭に血が上ると見境がつかなくなる。
村落では武三を厄介者として遠ざけていたのだ。
だが村の仲間が羆の犠牲になり、討伐隊も頼りにならない今頼れるのは武三だけだった。
村には40人あまりの男がいるが、還暦を過ぎた男達ばかりであった。
その上、銃など一度も持った事ないのが大半だ。
冷静さを欠いた武三が羆にやられたならば村を放棄し下山しなければならない。
極寒の季節では仕事にもありつけない。貯蓄も食料の蓄えも僅かしかなく、収入の途絶えは死を意味していた。