3.ガラスの心

水から飛び出してきた黒い塊は身をよじらせると勢いよくその体躯を床に叩きつけた。轟音と振動が水路全体を揺らした。

「なぁっ!?ちょ…待って!?」
キリコがシュクレンの前を手で遮る。
黒い塊が蠢きランプの灯りに照らされる。その姿は巨大なワニだった。

「…トカゲ?」
シュクレンが呆気にとられている。

「トカゲじゃなくてワニよ!ワニ!!こんなバカデカイのはとても貴重な存在よ!!たくさんバッグ作れるわね!!」
「キリコ!!それどころじゃないわよ!」
ノスタルジアは飛び上がりワニの大きさを測る。
「キリコ!とても大きいわ!この通路との幅とほぼ同じ大きさよ!」

「シュクレン!覚えておけ!この不浄セカイに棲むのは人間だけじゃない!時にはこういう不浄の魂も存在するんだ!一気に勝負をつけるぞ!俺様の名を叫べ!」
クロウが周りを飛び回る。

「クローウッ!!」
シュクレンが叫び右手を差し出すと黒く光り漆黒の大鎌に変化する。
黒い光はシュクレンの服にまとわりつき紋様を浮かび上がらせた。
頭に三本の毛束が立ち上がる。

「キリコ!やるわよ!」
「オッケー!ノスタルジアーッ!!」
ノスタルジアがキリコの腕に留まると白金の大鎌に変化する。

二人は大鎌を構える。
ワニは少しずつ近付いてくる。その体躯は水路一杯だ。壁に体を擦りながらにじり寄ってくる。

「シュクレン!気を付けて!このタイプの不浄は人間よりも強いわよ!不浄は生に対する執着が純粋であればあるほど強いわ!」

「…うん、わかった」
キリコの言葉にシュクレンは頷く。

「いっくわよーっ!」
キリコが先に飛び出す。床を蹴るとその体は宙に浮かぶように大きく跳躍し加速していく。

ワニの鼻先に上から一撃を与えるがワニは微動だにしない。金属音のような音が反響する。

「堅い皮膚だわ!まるでステンレスのようね!」
続いてシュクレンが下から斬り上げる。
しかし堅い歯に弾かれ体ごと跳ね返された。

「…斬れない?」
「追撃よ!!」
キリコは更なる攻撃を試みるがワニの堅い皮膚を貫く事が出来ない。
シュクレンも同様に攻撃を繰り返すがかすり傷一つ付けることが出来なかった。

ワニは二人の攻撃に全く臆する事なく前進してくる。
「全く効いてないわ。死神の大鎌でも傷一つ付けられないなんて今まで無かったわ!急所があるのかも。それを目掛けて攻撃すれば…でもこのままじゃ追い詰められてしまうわね!」

「…クロウ…どうしたらいい?」
シュクレンとキリコは少しずつ後ずさる。

「シュクレン!俺様に斬れないものはない!あるとすればお前の魂に迷いがあるからだ!お前は不浄の声も聞かずにただ斬る事に躊躇している!だがこのデスドアには不浄が幾つも存在しているんだ。その一つ一つの声を聞くことは出来ない。俺達は目の前の魂を狩っていくしかないんだ!迷うな!斬れ!」

「…わかった」
クロウの言葉に頷いたもののシュクレンにはやはり迷いがあった。それは目の前のワニに対してなのか、或いは自分の存在の意義についてなのかは漠然としていてわからなかった。