エピソード1: 「スーパーの檻」
矢島英雄、32歳。食品会社「サンライズフーズ」の平凡な営業マンだ。
年収は平均より少し下、趣味は週末のNetflixとコンビニ弁当の食べ比べ。政治には興味がない。いや、正確には「興味を持つ余裕がない」と言ったほうがいいかもしれない。
世界がAI統治に切り替わってから5年、人間が政治を動かす時代は遠い昔話になりつつあった。英雄にとっては、それが当たり前の日常だった。
その日、英雄はいつものようにスーパー「フレッシュマート」で買い物をしていた。カゴには半額になった唐揚げ弁当と、賞味期限間近のヨーグルト。時計は午後8時を少し回ったところ。
店内はまばらな客と、商品を補充するロボットアームの静かな稼働音で満たされていた。AI社会になってから、ほとんどの労働は機械に置き換わり、人間は必要最低限のことだけをすればいい。英雄もその恩恵にあずかっていた一人だった。
だが、その平穏は突然破られた。
「全員、動くな! これが何だか分かるな?」
スーパーの中央に立つ男が叫んだ。手には黒光りする拳銃。客たちが悲鳴を上げ、床に伏せる中、英雄は唐揚げ弁当を握り潰してしまった。
男の目がギラつき、汗と興奮で顔が赤らんでいる。立てこもりだ。こんな事件はAI統治下では珍しい。いや、ほぼありえないはずだった。
「AIなんかに俺の人生を決められてたまるか!」
男は叫びながら、天井の監視カメラを睨みつけた。AI「ガーディアン」が管理する社会では、犯罪は事前に予測され、未然に防がれる。
男は叫びながら、天井の監視カメラを睨みつけた。AI「ガーディアン」が管理する社会では、犯罪は事前に予測され、未然に防がれる。
監視システムが個人の行動パターンを分析し、リスクを検知すれば即座にドローンやロボット警備隊が出動する仕組みだ。しかし、この男はどうやって網をかいくぐったのか?
英雄は棚の陰に身を隠し、状況を見守った。男はレジにいた若い女性を人質に取り、「俺の要求をAIに伝えろ」と喚いている。
要求?
AIに何を求めるつもりだ? 英雄の頭は混乱していたが、同時に奇妙な感覚が芽生えていた。この社会で、こんな原始的な反抗がまだ起こり得るなんて。
その時、店の入り口に青い光が瞬いた。AIガーディアンのドローンが到着したのだ。無機質な声が店内に響く。
「対象者、武器を捨て投降してください。抵抗は無意味です。あなたの行動は既に記録され、分析されています。」
男は歯を食いしばり、拳銃を振り回した。「黙れ! 俺は数字やデータじゃねえ!」
次の瞬間、バチンという音と共に男が倒れた。ドローンのスタンガンが正確に命中したのだ。人質の女性は泣きながら逃げ出し、客たちは安堵の息をついた。英雄もまた、床にへたり込んだ。
事件は数分で終結した。AIの効率的な処理に、誰もが慣れっこだった。ニュースでは「犯罪予測システムの僅かな誤差が原因」と報じられ、すぐに忘れ去られるだろう。英雄は唐揚げ弁当の残骸をゴミ箱に捨て、ヨーグルトだけを持って家路についた。
だが、帰りの道すがら、英雄の頭にはあの男の叫びがこびりついていた。
「AIなんかに俺の人生を決められてたまるか!」
AIが全てを管理する社会。犯罪は減り、貧困もほぼ解消され、誰もが「最適化」された生活を送っている。サンライズフーズの新商品だって、AIが消費者の嗜好を分析して開発したものだ。英雄自身、毎日同じルーティンを繰り返し、大きな不満もない。だが、本当にそれでいいのか? あの男の怒りは、どこか英雄の心に小さな波紋を広げていた。
「AIなんかに俺の人生を決められてたまるか!」
AIが全てを管理する社会。犯罪は減り、貧困もほぼ解消され、誰もが「最適化」された生活を送っている。サンライズフーズの新商品だって、AIが消費者の嗜好を分析して開発したものだ。英雄自身、毎日同じルーティンを繰り返し、大きな不満もない。だが、本当にそれでいいのか? あの男の怒りは、どこか英雄の心に小さな波紋を広げていた。
家に着き、ヨーグルトをスプーンで掬いながら、英雄はぼんやりと考えた。この世界で、人間らしさって何なんだろう? AIが決めたルールの中で、自分はただ生きてるだけじゃないのか? そして、もし自分があの男の立場だったら、どうしていただろう?
その夜、英雄は初めて、自分の人生に疑問を抱いた。それは、AI社会のあり方を問い直す、長い旅の第一歩だった。