第1話:日常の終わり
数馬英人は校庭の片隅に立っていた。3年B組の教室の窓から見下ろす校庭は、いつものように騒がしくもあり、退屈でもあった。体育の授業中、男子生徒たちがサッカーボールを追いかけ、女子たちはその周りで笑い合っている。春の陽射しが地面を暖かく照らし、桜の花びらが風に舞っていた。数馬は頬杖をつき、ぼんやりとその光景を眺めていた。
「なぁ、数馬。今日の放課後、ゲーセン行かねぇ?」
隣に座る友人の拓也が、ノートに落書きしながら声をかけてきた。数馬は面倒くさそうに肩をすくめた。
「別にいいけどさ。金ないぞ」
「またそれかよ。バイトでもしろって」
拓也が笑う。数馬もつられて小さく笑った。いつものやりとり。いつもの日常。
その時だった。校庭の中央に、突然、空気が歪んだ。まるで陽炎のように空間が揺らぎ、何かが現れる気配がした。生徒たちの動きが止まり、ざわめきが広がる。数馬は目を細め、窓辺に近づいた。
「なんだあれ?」
拓也も立ち上がり、数馬の隣で校庭を見下ろした。
そこに現れたのは、一人の少女だった。黒いゴスロリ風の衣装に身を包み、フリルのついたドレスが風に揺れている。長い黒髪が背中で波打ち、白い肌が不自然なほどに際立っていた。手に持つのは一本の傘。閉じたままのそれは、まるで剣のように彼女の横に添えられている。奇妙な美しさを放つその姿に、数馬は一瞬息を呑んだ。
「何だよ、あの子……コスプレか?」
拓也が呟く。だが、その言葉が終わる前に、少女が動いた。
彼女は傘を軽く振り上げ、口を開いた。
「トゥインクル♪ トゥインクル♪」
声は鈴のように澄んでいた。だが、次の瞬間、異変が起きた。校庭にいた体育教師の山田が、彼女の傘に触れられた瞬間、身体が膨張し始めた。
「うわっ、な、何!?」
山田が叫び声を上げるが、それはすぐに途切れた。彼の身体が風船のようにはちきれんばかりに膨らみ、そして――パン!
血と肉が四散し、校庭に赤い染みが広がった。
教室が凍りついた。悲鳴が上がり、生徒たちが一斉に窓から離れる。数馬は動けなかった。目の前の光景が現実とは思えなかった。
「お、おい、数馬!何だよあれ!?」
拓也が数馬の腕を掴んで叫ぶ。だが、数馬は答えられなかった。少女が再び傘を掲げ、校庭にいる生徒たちへと向かうのが見えた。
「トゥインクル♪ トゥインクル♪」
再びその呪文が響き、今度はサッカー部のキャプテンが膨張し、破裂した。血飛沫が桜の花びらと混じり合い、地面に降り注ぐ。生徒たちがパニックに陥り、逃げ惑う中、少女は無表情で傘を振るい続けた。
「逃げろ!早く!」
誰かの叫び声で我に返った数馬は、拓也の手を引っ張り教室の出口へ向かった。廊下はすでに混乱の渦と化していた。生徒たちが押し合い、教師たちが叫びながら逃げ惑う。階段を駆け下りる間、数馬の頭にはあの少女の姿が焼き付いて離れなかった。黒いドレス、傘、無機質な瞳。あれは一体何だ?
校舎を出た瞬間、背後で爆発音が響いた。振り返ると、校舎の二階部分が崩れ落ちていた。少女が傘を広げ、盾のように構えている姿が見えた。彼女が何かに向かって呪文を唱えると、近くにいた教師がまたしても破裂し、その衝撃で壁が吹き飛んだ。
「数馬、こっちだ!」
拓也が数馬を引っ張り、正門へと走る。だが、数馬の足は止まった。校庭の中央で、少女がこちらを見ていた。彼女の瞳が、数馬を捉えた気がした。
「トゥインクル♪ トゥインクル♪」
再び呪文が響き、正門近くの地面が膨張し、爆発した。コンクリートが飛び散り、数馬と拓也は吹き飛ばされて地面に倒れた。耳鳴りが響き、視界が揺れる。
「おい、数馬!立てって!」
拓也が叫ぶが、数馬の意識は薄れていく。遠くで少女が傘を手にゆっくりと歩いてくるのが見えた。黒いドレスの裾が風に揺れ、彼女の足音が近づいてくる。
そして、数馬の視界が暗転した。