「ジグザグの車輪」 第1話
冷たく湿ったガレージのコンクリートに、佐隈健人の汗まみれの体が投げ出されていた。28歳、太った体に高級スーツが張り付き、腹の肉が震える。
手足は薬物のせいで鉛のように重く、動かそうとしても感覚が鈍い。
目の前には、愛車の真っ赤なスポーツカーがジャッキアップされている。
車高は低く、地面との隙間はわずか30センチ。
健人はその下に仰向けで寝かされ、車体の重さによって落ちれば即死だ。
額の汗が目に入り、息が荒い。
「ふざけんな! こんなところで何だよ!」
傲慢な口調で叫ぶが、体は動かず、声に恐怖が滲む。
数時間前、健人は高級マンションで酒を飲み、女をはべらせていた。
父親が財務省の幹部という権力で、2年前のひき逃げは執行猶予付きの懲役で終わった。
あの夜、酒に酔い、アクセルを踏み、6歳の少年を跳ねた。
血と骨が砕ける音、少年の体がアスファルトに叩きつけられる瞬間――健人は笑いながら逃げ、父親の力によって社会的な罪は軽くなった。
血まみれの小さなスニーカー、ニュースで見た少年の顔も、今は遠い記憶だ。
だが、なぜ今、こんな目に?ガレージの隅で古びたテレビがチラつき、点灯する。
白塗りのピエロのような男が映る。赤い唇が歪み、黒いアイラインの目は底知れぬ闇を湛える。
「佐隈健人。どうしてそこにいると思う?お前は自らの罪と向き合うことを恐れた。」
低く響く声に、健人は太った顔を歪めて叫ぶ。
「テメェ、誰だ!? ふざけた仮装してんじゃねえ! さっさと俺を出せよ!」
だが、男は薄笑いを浮かべる。
「私の名はジグザグ。お前の罪は法で裁かれなかった。お前の記憶の片隅にしか残っていないあの事件だ。だが、真の裁きは逃れられない。このゲームで、お前の命は世界が決める。」
画面が切り替わり、ガレージのライブ映像が映る。健人が車の下で喚く姿、車体を支えるジャッキ。画面隅に「LIVE」と赤い文字、視聴者数が100、500、1000と増える。
「ルールは単純だ。反省の弁を述べ、視聴者の共感を得ればジャッキは下がらない。失敗すれば……」
ジグザグが指を鳴らすと、ジャッキがガタリと数ミリ下がる。車体が傾き、健人の胸に圧迫感が走る。
「ふざけるな! こんなゲームで俺を殺せると思うなよ!それに俺にこんなことしたらただで済まさねぇぞ!」
傲慢に叫ぶが、鼻水が唇に滴り、声は震える。
視聴者のコメントが流れ出す。
「偉そうにしてんじゃねえ!」
「子供殺しのクズ!」
「死ね!」
罵声が心を抉る。
画面に少年の映像が映る。健人のドライブレコーダーの映像だ。
夕方のうす暗い路地、少年がボールを追いかけて飛び出す。
ヘッドライトに照らされた小さな顔、恐怖で凍りつく目。
車が突っ込み、少年の体が宙を舞い、アスファルトに叩きつけられる。
頭蓋骨が砕け、血が噴き出し、小さな手足が不自然に曲がる。
健人は笑いながらアクセルを踏み、逃げ去った。
「覚えているだろう?」
ジグザグの声が重ねる。
「お前が奪った命を。未来を。」
健人は顔を真っ赤にして喚く。
「うるせえ! あれは事故だ! 俺をここから出せ!」
健人は怒号をあげるがジグザグは笑みを浮かべる。
「ここにはお前を助けてくれる父親はいない。お前の言葉で、心から謝罪するんだ。皆の心に響けば無事にここから出ることができるだろう。」
「くそ!こんなことしやがって!ここから出たらぶっ飛ばすからな!」
だが、恐怖に鼻水と涙が混じる。
「助けて……お願い、殺さないで!」
情けなく命乞いするがコメントは冷酷だ。
「嘘くせえ!」
「謝罪しろよ!」
「ジャッキ下げろ!」
視聴者数が1万を超え、投票画面が現れる。
「反省は本物か?」と表示され、「許す」「下げる」の選択肢。
票が「下げる」に傾き、ジャッキがまた数ミリ下がる。車体の底が健人の腹に近づき、息が詰まる。
「ふざけんな! 助けろよ!」
鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら喚く。
ジグザグの声が響く。
「反省を続けなさい。もっと心からだ。」